少年、薬草集めに奔走す④
ダイガンたちと別れ、姿が見えなくなってから、楽園への扉でギルドに戻ってきたラルカたちは、ケヒト草をヒショウへ届けた。
「こ、この量は!」
支部長室のヒショウの机に置かれたケヒト草の量は、今までのギルド全体で得られた量を遥かに超えていた。
「き、君たち、これを一体どこから!?」
「内緒です」
死の大地に行ってきたとは言わなかった。言えばヒショウは止めるだろうし、ダイガンたち以外であの地に行ける実力のある義勇士はいないだろう。言ってもヒショウの手助けになるどころか、ただいたずらに心配をかけるだけだとライラが判断し、全員賛同した。
「どうでしょうか。その量があれば、必要な薬は作れるでしょうか」
ライラの声にはっとしたヒショウは、慌てて頭の中で計算する。
「・・・そうだな、今まで採取したものと合わせても、まだ目標の半分ほどだろう。だが早期に必要な量は十分確保できた。礼を言うよ」
ラルカたちが喜ぶ。明日にはダイガンたちもケヒト草を届けるだろう。それを合わせればほぼ必要な量はそろうはずと知っているからだ。だが、対するヒショウの顔はさえない。
「ヒショウさん、どうしたにゃ?あんまりうれしそうじゃないにゃ」
「い、いや、そんなことはないぞ、これで一安心だと思ったら、少し気が抜けただけだ」
「嘘にゃ。何か隠してるにゃ。カレンにはお見通しだにゃ。話してほしいにゃ」
ヒショウは顔を伏せた。言うべきか迷っている様子だった。
「ヒショウ先生、懸念されているのは薬が配られる順番ですね」
ダニエルの言葉にヒショウははっとして顔を上げた。
「やはり。まあ腐りきった教会と貴族どものやりそうなことですよ」
「どういうこと?」
「恐れ入りますが、愚生が予想を申し上げるより、ヒショウ先生からお聞きになられたほうがよろしいかと。微細な差異がある可能性がありますゆえ」
ラルカたちがヒショウを見つめる。ヒショウは一つため息をした。
「・・・ケヒト草はそのまま煎じて飲んでもあまり効果はない。それを原料にしてキュアポーションを作り、それが死眼病の特効薬になる」
ポーションにはいくつか種類がある。水に聖魔法により生命力を付与した者が通常のポーションで、体力回復と傷の治癒に効果があるが、毒物や病気には体力の増強は見込めるものの、直接的な効果はない。キュアポーションはポーションに薬草などの薬を配合したもので、毒や病気の治療も可能だが、当然薬はそれぞれに対応したものが必要となる。ホーリーポーションは回復魔法が込められたポーションで、作製する術者の力次第でキュアポーションの劣化にも、万能薬にもなる。
「現在この国では、ポーションに関しては教会に一任されている状態だ。我らギルドが集めたケヒト草も、一旦教会へ寄付と言う形で納付し、教会にてキュアポーションを製造し、病人へ配られる。はずだった」
ヒショウはいったん言葉を区切った。
「だが、街の人たちに聞いても、患者へ配られた形跡がない。怪しんで探ってみたところ、まだ感染してすらいない貴族や大商人へと渡っていることが分かった」
「え!」
ラルカから驚きの声が漏れた。だがラルカ以上に驚き、そして憤りを感じている人物がいた。
「そ、そんなのおかしいですよぅ!治療は重病人が先からなんてぇ、医療の基本じゃないですかぁ!」
支部長室の机をたたきながら熱弁するクリスティーナの気迫に、皆あっけにとられる。ここまで感情をあらわにした彼女を見るのは初めてだった。
「それにぃ、貴族であればぁ、自分の身よりも民の治癒を優先すべきですぅ、それが民の税金で生きている貴族の務めのはずじゃないですかぁ!」
「・・・私も教会へ抗議した。だが何を言ってもはぐらかされる。王城へも使いを出したが、ポーションについては教会の判断に任せるという返事しか来ない。こういう時に学長がいれば」
ヨミは死眼病が発生する少し前、重大なギルドの仕事があると言い残し、学園を留守にしている。今どこにいるかは不明だが、少なくともこの国にいないことは確かだ。
「それでは、覇王の大義へ協力を求めては?」
覇王の大義は義勇ギルドの筆頭であり、闘神ジンブが首領を務めている。ジンブであれば教会も国も無視することはできない。
「残念だが、ジンブ様もヨミ学長とともに任務中とのことだ。ギルドの本部があるキャスエル自治区へ鳩を飛ばしたが、二人ともどこにいるかも不明とのことだ」
鳩とは手紙の郵送に使われるメルピジョンと言う魔物のことである。ヒショウが悔しそうな表情を浮かべた。彼もさんざん手を尽くしたのだろう、怒りと疲労が表情から見て取れた。
「で、でもよ、これだけの量があれば、貴族どもに配ったとしても余るんじゃねえか?そうすりゃいくら腐った教会の連中だって、庶民へ配るだろ?」
ゴンゾの意見に、ヒショウは首を振る。
「教会は、キュアポーションを配るつもりはない。販売するつもりなのだ」
「な・・・」
全員、言葉が出ない。この期に及んで金をとるつもりなのか。しかも材料であるケヒト草を無償で出させておいて。ラルカたちは怒りを通り越して、あきれてしまった。
「やれやれ、我の想像をはるかに超えて教会は腐敗していたようですな」
ダニエルは心底見下すようにつぶやいた。
「そうなれば、貧民は薬を買うことはできない。特にスラムのみんなは明日の食料さえままならないんだ。ポーションを買う余裕なんかない」
「そ、そんにゃ!!」
カレンの悲鳴に、ヒショウは頭を抱えた。ラルカたちの前では弱みを見せまいと気丈にふるまっていたが、限界が来たのだろう。
「ヒショウさん、ラルカやライラからの寄付は残ってないにゃ!?」
「当面の食料と衣類、住居の修繕でほとんど使ってしまった。今の季節であれば、衣類は後回しで良かったかもしれないのに」
「あんまり自分を責めちゃだめだよ、ヒショウ先生」
ラルカはスラムでボロボロの服を着た獣人たちを大勢見た。彼らにきれいな服を、と願うのはむしろ褒められることで、誰もヒショウを責めることはできない。
「すまない、せっかく持ってきてもらったのに。なに、心配はいらない。いざとなればオーザカに口利きしてもらって、商業ギルドへ融資を頼むこともできる。さ、君たちも疲れただろう、ゆっくり休みなさい」
「・・・」
ラルカはヒショウに答えず、何かをじっと考えると、
「先生、ごめんなさい。一旦このケヒト草、持って帰っていい?」
「ラルカ?」
「あ、ああ、かまわないが」
「ごめんなさい」
ラルカはケヒト草を仕舞うと、支部長室を出ていき、皆続いた。退出する時ライラとカレンが軽く頭を下げた。
「お、おい、それ寄付するんじゃなかったのか」
「そうだべ。いくら教会が腐ってるって言ってもよ、薬作れないんじゃあ元も子もないべ」
「何かお考えが、我が君」
「うん、ちょっと行ってみようと思って」
「どこににゃ?」
ラルカが振り向き、にっこりとほほ笑んだ
「大聖堂に、ね」
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