少年、悲しい別れと、美しい死と③
「今・・・」
「はい、聞こえました。カーミラ様と、ローラ様のお声が」
ジュリアンの言葉にラルカが振り返る。ジュリアンの両目から涙が頬を伝っていた。ジュリアン自身も以前に涙を流したのがいつかはっきり覚えていなかった。少なくとも百年は前だろう。
「感謝、致します。本当に、心から」
ジュリアンがラルカに頭を下げる。
「ジュリアン君・・・」
ラルカはまだ悩んでいる様子だった。そんなラルカを、後ろからライラが抱きしめた。
「ラルカ、わたしにも聞こえた。二人の声が。だから、安心しろ」
ラルカを強く抱きしめた。ラルカは驚いたが、うん、と頷き、ライラの腕に甘えることにした。
「ありがとう。ライラ。もう大丈夫」
しばらくのちにラルカがライラの腕から離れ、ふとカーミラのベッドを見た。そこに、二人が手をつないで、冥府への門をくぐる姿が見えた気がした。二人は笑顔だった。
「・・・ラルカ?」
いつの間にか、再びラルカの目から涙がこぼれていた。ライラが心配そうにしているが、ラルカは「心配しないで」と手を振った。
「ジュリアン君、見えた?」
「・・・はい」
消え入りそうな声のジュリアンに、ラルカは微笑みを浮かべた。
「安心して。二人が冥府で永遠の責め苦を受けることはないから」
「な、なぜ、そのようなことが」
「二人の魂に、穢れがなかったから。誤解があるようだけど、冥府の神官は罰を与える処刑人じゃない。魂の穢れを浄化しているだけなんだ。二人の魂は輝いていたからね。それにヘルさんは五神官の中でも一番温厚だったから」
「そ、それは、どういうことでしょうか」
「ちょっと詳しく話せないんだけど、僕、五神官の方と面識があるの。だから大丈夫、ヘルさんにちょっと説教されるくらいだと思うよ」
初めはその言葉が信じられなかった。冥府の神官、その中でも最高位の五神官は、その力も含め神にも近い存在である。第一階層のヴァンパイアであるジュリアンでさえあったことはおろか、声を聴いたことすらない。しかし、すぐにジュリアンは、ラルカが嘘を言う人間と思えなかった。ふとライラを見ると、肯定するようにうなずいた。
「・・・誠に、感謝、申し上げる」
ジュリアンの瞳からまた涙が流れ落ちた。ライラは、ヴァンパイアも人も、そしてダークエルフも涙はみんな同じだな、と思った。
部屋から出た三人を待っていたのは、デュバロとメイドたち、それから見たことのないヴァンパイアが三人いた。大柄な男性、老婆、壮年男性の姿をした者たちは、残りの第一階層のヴァンパイア達だった。
「ジュリアン、今までどうされていた!?」
「太母様は、どうなさったのだ!?」
ジュリアンは彼らを手で制し、一つ息を吸った。
「いま、旅立たれた」
その言葉に、ヴァンパイア達が騒然となった。泣き崩れるもの、混乱のあまり天を仰ぐもの、怒りだすものと様々だった。
「た、旅立たれただと?」
「どういうことかね?説明をしてほしいもんだね」
その時、大柄のヴァンパイアがラルカとライラをにらみつけた。
「この者たちは如何するのだ!?殺すか!?」
大柄のヴァンパイアの言葉に最も早く反応したのは、ラルカでもライラでもなくジュリアンだった。大柄のヴァンパイアの首をねじ切らんばかりに掴み、身体ごと持ち上げた。全身から殺気と怒気を放ち、口からは牙が生え、髪は逆立ち、深紅の目が強く光り、全身を闇のマナが包んだ。目は怒りで燃え上がっている。
「太母様の恩人たるこの御方を愚弄するか。貴様一人の死如きでは償えんぞ」
「お・・おゆるし・・・を・・・」
大柄のヴァンパイアが必死に言葉をつぐむ。
「ジュリアン君、いいよ、僕は気にしていないから」
その言葉にジュリアンは手を離した。後一瞬ラルカの声が遅かったら、彼の首を引きちぎっていただろう。第一階層のヴァンパイアの中で最も外見が幼いジュリアンだが、実は最も年長である。
「ご厚情、痛み入ります。ご無礼、なにとぞお許しを」
ジュリアンがラルカに頭を下げる。ラルカはいいよいいよと手を振っている。
「だがジュリアンよ、ことは急がねばならぬ。次の王は貴方であろう?臣民たちに、新たな王の誕生を宣言せねば。急いだほうがいい」
デュバロの言葉に、他の第一階層のヴァンパイア達も賛同した。だが、ジュリアンは首を振った。
「次の王はデュバロ、その方がなるがいい。我にはすべきことがある」
「な!?」
デュバロがうろたえる。
「しかしジュリアン、あんたが我らの中で最古参のヴァンパイアじゃないか」
「そうだ、なぜ断る?いったいすべきこととはなんだ?」
第一階層のヴァンパイア達の反対の声を無視し、ジュリアンはラルカの目の前に跪いた。
「?」
「お願いがございます。どうかこの愚生を、貴方様の下僕にしていただきたく存じます」
「な、なに!?」
ヴァンパイア達とライラが全員同じ声を上げた。
「しょ、正気か、ジュリアン?」
「あなたほどのお方が、人間の下僕だと!?」
「い、いったい、どういうつもりなのだ!」
「黙れ」
ジュリアンがまた殺気をあふれさせる。ヴァンパイア達が黙った。ジュリアンはラルカに向き直ると、また恭しく首を垂れた。
「お願いでございます。この卑小なる我が身、我が心、我が魂をささげます。どうかどうか、お頼みいたします」
「きゅ、急にどうしたの?下僕って何?」
さすがのラルカも戸惑った。
「あ、こ、これは、大変なご無礼を。申し訳ございません。愚生のような卑しき者が下僕などと高望みをしてしまいました。どうか、愚生を御身の奴隷にしてくださいませ」
「・・・」
ラルカを含め、全員が唖然としていた。ちょうどそのとき外から鳥型の魔物の鳴き声が聞こえてきた。長い長い夜が明けようとしていた。
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