少年、悲しい別れと、美しい死と①
「生涯、3778人の血を吸った」
突然の告白に、ライラがびくりと反応した。
「人の身で無くなった妾の身体は、生娘の血を求めておった。多くの娘は、喜んでその身をささげてくれた」
それが嘘ではないことは、ラルカもライラも感じていた。それを確信できるほどの怪しい魅力に彼女があふれていたからだ。
「ある時妾は、彼女と出会った。一目見て気に入った妾は正体を隠し、彼女に近づいた。初めの感情は食欲じゃった。しかし、彼女と話すうちに、なぜかは知らぬが、妾は彼女の血を吸わぬと決めた。そう思ったのは彼女が初めてであった」
カーミラは黒髪の少女の頬を撫でた。
「彼女と語らうのは楽しかった。彼女の顔を見るだけで幸せになった。彼女が怒ると哀しくなった。彼女との交わりは天上の快楽であった」
その日々を思い出したのか、カーミラは恍惚の表情を浮かべた。
「だが、幸せな時間は短かった。訳は知らぬが、彼女の父に妾の正体が見抜かれた。ある日、彼は妾が寝静まったころ、妾の心の臓へ銀の杭を打ち込んだ。しかし妾は死なず、飛び起きた。思わず妾は彼の者の首をはねた」
カーミラの顔には怒りや憎しみの感情ではなく、ただ悲しみだけがあった。おそらく彼を殺すつもりはなく、反射的にそうしてしまったのだろう。
「それを、彼女に見られた。妾の正体もその時知ったのであろう。彼女は動転し、自ら死のうと短剣を胸に刺そうとした。妾はそれを止めるため、彼女の時を止めた」
カーミラが彼女の艶やかな長い黒髪を撫でる。だが、髪は凍ったつららのように動かなかった。
「それ以来、彼女の時は止まったままじゃ。彼女の時を動かす魔法を何度かけても動かぬ。あれから悠久の時が流れた。彼女の時を動かす使い手を方々探したが、見つけられなんだ。可能性があるのはバーバヤーガのみだが、とても協力を得られそうになかった」
カーミラは疲れたようにベッドに腰を下ろした。
「それ以来、妾は血を飲むことをやめた。贖罪のつもりではない。単純に、食欲がわかなくなっただけじゃ」
カーミラの告白が終わった。カーミラの表情は少しだけ安堵しているように見えた。
「・・・・」
「・・・・」
ラルカもライラも黙っている。ジュリアンは目をつぶり、歯を食いしばっている。
「すまぬな、面白くもない話をした、許せ」
「カーミラ様、冥府の神官ヘルとの契約を終えたいと考えているのは、本当?」
「うむ。妾はもう現世にいることに疲れた。例え冥府で永遠の苦しみを背負うことになろうとかまわぬ。彼女と愛し合えぬこの世こそ、妾にとっての地獄じゃ。だが、その前に、彼女を解放してやりたい。それが、妾の最後の願いじゃ」
「わかりました。カーミラ様、彼女を見てもいい?」
「願ってもないことじゃ」
ラルカは立ち上がり、黒髪の少女の顔を見つめた。
「これは、時の死ですね。生命活動が止まっている」
一瞬で掛けられた魔法を見抜いたことにカーミラが驚いた。物質の時を止める中級時魔法の時の消失ではなく、生命の時を止める時の死は上級時魔法だ。時魔法はすべての魔法の中でも最も高度なので、初級魔法でも下手な最上級魔法より難度は高いうえ、使用されるマナの量は文字通り桁が違う。上級時魔法の難度は想像を絶するほどで、それを瞬時に発動したカーミラの実力がどれほどだったかは計り知れない。
「・・・」
ラルカはじっと彼女を見つめた。カーミラも、ライラも、ジュリアンも一言も言葉を発しない。ラルカが何かを考えている。誰も一言も発さず、どのくらい時がたったのだろう、ついにラルカが重い口を開いた。
「カーミラ様、時の死の解除自体は、できます」
「なんだと!?」
「おお・・・」
カーミラが喜びの声を上げた、ジュリアンはすでに感極まっている。だが、ラルカは手でそれを制した。
「でも、正直に言います。例え時の死を解除しても、彼女は生き返ることはありません」
その言葉にショックを受けたのはカーミラではなく、ジュリアンであった。
「な、なぜだ、ラルカ殿。それはどういうことなのだ!?」
「抑えよ、ジュリアン。客人に無礼である」
思わず食って掛かったジュリアンをカーミラがたしなめる。
「時の死はとても難しい魔法なんだ。完全な時の死であれば解除したときに掛けられた姿のまま復活するけど、彼女にかけられた時の死は不完全だ。詳しく言うと、彼女の肉体、魂は時が止まっているけど、マナの時が止まっていない」
「と、言うと?」
「マナはただ魔法を使うためだけのものじゃない。魂、肉体、精神を結びつけているものでもある。そして、精神はそこに“ある”わけではなく、常に“動いて”いることでその存在が成り立っている。でも、マナがあることによって精神はかりそめの死を迎えても魂や肉体から離れず、仮想的な連続性を持つことができる。例えば、眠りについたあと、起きても精神は自分のままでしょ?」
「・・・・」
カーミラはラルカの言葉を一文字も聞き逃さぬよう、目をつぶって集中して聞いていた。
「でも、彼女のマナは止まっていない。そのため、肉体と魂はそのままだけど、精神はその連続性を失ってしまった。つまり、彼女の意識はすでにない。即ち、彼女はすでに死を迎えている」
すでに薄々そのことは気付いていたのだろう、取り乱すことはなかったが、深い悲しみは隠しきれていない。
「でも」
ラルカがわざと大きい声を出した。
「彼女の魂は未だ現世のこの肉体に縛られている。だから、それを解放することはできると思う」
「まことか!?」
カーミラの声に、ラルカが大きくうなずいた。
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