少年、真なるヴァンパイアと手合わせす⑤
「あーあ、結局相打ちか。悔しいな」
元の世界に戻ったラルカは、ライラの膝の上で本当に悔しそうに唇を尖らせている。ライラはラルカの喉に傷が何もないことを確認し、安堵した後、半ば強引に自分の膝の上にのせ、ラルカのほっぺたをグニグニしている。
「ほほほ、そう拗ねるでない。妾と戦い引き分け以上になった人間は、わらべで二人目じゃぞ。誇るがよい」
「わらべじゃないよー!」
ラルカがぷんすかする。カーミラはそれを見て慈しむような笑みを浮かべた。
「それより、わ・・・いや、ラルカよ。なぜ、妾の闇の中で、反撃ができたのじゃ?目も耳も聞かぬし、気配も感じ取れぬはずであるが」
カーミラの質問に、ジュリアンも興味津々の様子で聞き耳を立てていた。彼自身、何が起こったのか知りたかった。
「うん、初めはカーミラ様の魔法って精神攻撃だって思ったんだけど、もしそれだとして、すべての感覚を失ったとしたら、僕が僕自身の肉体も感じられなくなるはずだし、まともな思考もできないはずだけど、そうじゃなかった。それに僕ってなぜか精神攻撃とかほぼ効かないし。後は、カーミラ様ほどの方の奥義がそんなちゃちな物じゃないって思ったし」
カーミラも、ジュリアンも、そしてライラも黙って聞いている。
「だから、カーミラ様の魔法って空間魔法に近い性質の物かなって。でもそれなら、攻撃を受ければ痛みは感じるはずだって思ったんだ。空間魔法で空気やマナ以外の物質に直接干渉することってとっても難しいから、これほど高度で複雑な魔法であればそれはできないと思ったんだ。だから、止めは必ず直接刺すって信じてたの。それで、痛みを感じた瞬間に、僕が死ぬよりも先に攻撃すればいいかなって」
「では、なぜ魔眼の視手を発動したのじゃ?そこまでわかっているのであれば、意味がないことも知っておろう」
「あれは、まだ魔法が理解できていないって思わせるための演技だよ」
そう言うとラルカはまた悔しそうに口を尖らせた。
「あーあ、でも結局相打ちになっちゃった。お父さんに知られたら、修行が足りんって言われちゃうな」
ラルカは悔しそうだが、三人はそれぞれ驚愕していた。
(あ、あの一瞬で、そこまで考えていたのか!?)
(妾の誰も寝てはならぬを初見で見破るとは。こんなこと、バーバヤーガですらできぬかもしれぬ)
ライラとカーミラはラルカの思考能力に驚いていた。だが、ジュリアンが着目したのは、ラルカの精神性だった。
(・・・例え仮であろうと、自らの命を天秤に乗せるか。いや、この子はおそらく本当の戦いの場であろうと、同じ判断をしたであろう。死が恐ろしくないのか?この歳で)
狂っている、とジュリアンは思った。もちろん戦いにおいてもし必勝法があるとするならば、今日のこの日で命はない、と思うことであることはジュリアンも理解している。とは言え、それができるものがこの世に何人いるだろうか。
(恐ろしい子だ。器で言えば、太母様以上かもしれぬ)
少しの間沈黙が流れる。それを破ったのはカーミラの笑い声だった。機嫌がよさそうに、からからと声を上げ笑っている。
「フフフ、面白い子じゃ。バーバヤーガの奴め、このような秘蔵っ子を隠していたとはな。食えん奴よ」
そうは言いながら、カーミラはうれしそうだった。
「さて」
カーミラは部屋の中にある、カーテンで覆われたところへ歩く。
「ラルカよ。妾の悩みを聞いてくれるか」
「僕でいいなら」
ラルカがライラの膝から降り、にっこり笑った。カーミラは微笑み、カーテンを開けた。
「え」
ラルカとライラはそれを見て、驚きで目を見開いた。そこにいたのは黒髪の少女だった。歳のころは十代後半だろうか。気の強そうなりりしい、男勝りの顔立ちだった。その少女が両手で短剣を持ったまま、静止している。微動だにしない、どころが瞬きさえする気配がない。いや、長い髪の乱れすらが凍ったように動かない。
「紹介しよう。妾の恋人じゃ」
カーミラが愛おしげに、そして寂しげに彼女の頬をなでた。
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