少年、真なるヴァンパイアと手合わせす④
「しま・・・」
ラルカが狙っていたのはこれだった。油断させるため、無効とわかっている斬撃を繰り返し、カーミラが蠅へ変化し、刀の攻撃を"避ける"動作を“癖”へと変えてみせた。薙ぎ払われた刀の炎が多数の蠅を灰へと変える。
「ぎゃあっ!!」
「太母様!?」
初めてカーミラがダメージを受け、思わずジュリアンが叫んだ。だが、ラルカは止まらない。右手の刀、“臥龍”に雷を宿す。それをカーミラへ向けて振り下ろさんとしている。
「舐めるな、小童!!」
カーミラが全身から闇のマナを放出した。扇状に広まったそれは、小さいラルカの体を闘技場の端まで吹き飛ばした。
「うあっ」
「ラルカっ!?」
今度叫んだのはライラだった。ラルカは手でライラに大丈夫、と合図を送り、立ち上がったが、先ほどの闇のマナの放出を全身に浴び、大きなダメージを追ったことは明らかだった。だが、それはカーミラも同じであることをラルカは知っていた。
「はあ、はあ、はあ」
カーミラが息をつく。先ほどの炎で多数の蠅が燃やされた。即ち、肉体の一部を失ったに等しい。カーミラは失った肉体をマナで補充したが、決して損害は小さくない。
(大した子じゃ、あれは火の最上級魔法終末荒ぶる魔杖と雷の最上級魔法、開闢齎す神杖か。それほどの大魔法を、それも同時とは。侮っていたのは、妾のほうか。まさか無声慟哭を使う羽目になるとはのう)
カーミラが息を整える。ラルカも同様だ。
「ふ、ふふふ」
と、カーミラが突如笑い出した。
「ははははは、これほど楽しい戦いは久しぶりじゃ、バーバヤーガとエルフの王とともに、魔人どもを鏖にしたとき以来か。ははははは!」
本当に面白そうに笑う。ラルカは驚いた表情を見せたが、思わず笑った。
「僕もです、カーミラ様」
「ははは、ラルカよ。大義である。その褒美に、妾の真の力を見せてくれようぞ。光栄に思うがいい。この魔法を使うのは、千年ぶりぞ!!」
カーミラが目を閉じる。
「ま、まさか、太母様、あれを使うと言うのか!?」
ラルカは動かない。仮に動いてもカーミラはそれに対処するであろう。だがそれ以上に、ラルカはカーミラの真の力を見たいと思った。カーミラは笑みを浮かべたまま、詠唱を始めた。
――――夜は消え去り、星は輝きを失う。それでもなお望むか。ならば見事、我が唇を奪ってみせよ
「誰も寝てはならぬ」
発動した瞬間、世界を闇が覆う。闘技場のすべてを包み、世界が黒一色に染まった。
「こ、これは!?」
「落ち着かれよ。この空間では我らには影響を及ぼすことはない」
ジュリアンが言うが、ライラは混乱が収まらない。
「な、なんだこの魔法?攻撃なのか?何が起こっているんだ?」
「太母様の究極魔法だ。この試合、終わりだな」
ジュリアンの言葉にラルカを見る。ラルカは目をこすり、それが終わると首をぶんぶんと振る。ライラ以上に混乱している様子だった。カーミラがラルカにゆっくりと近づく。だが、ラルカに反応する様子がない。
「ラルカっ!?何してるんだ!!早く臨戦態勢をとれ!!」
「無駄だ。今、ラルカ殿は何も聞こえない。それどころか、目も見えないのだ」
「何だって・・・!」
ライラがジュリアンの顔を見つめる。
「誰も寝てはならぬ。その世界では視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚が効かない。ラルカ殿は今、真なる闇の世界にいるのだ」
「な・・・」
ライラが絶句した。五感全てを奪われた世界を想像し、恐怖する。実際に味わっているラルカの恐怖はいかほどだろうか。
「だ、だが、探知魔法なら!?」
「無駄だな」
二人の会話が聞こえたわけではないだろうが、ラルカが納刀し、精神を落ち着かせるように深呼吸すると、魔眼の視手を発動した。だが、カーミラを確認できない様子で、より混乱が深まっているようだった。
「ラルカ!直感を信じろ!殺気を感じるんだ!」
ライラが聞こえないことを承知で、悲鳴のように叫ぶ。
「それもできぬ。誰も寝てはならぬは感覚を“奪う”のではない。真なる闇の世界を作り出す魔法だ。闇の世界では光は直進しなくなる。そのため、“見る”と言う概念自体がないのだ。見ると言う概念がないということは、“動き”を察知することもできなくなる。即ち認識する、と言う行動ができなくなるのだ」
ライラはジュリアンの言葉の半分以上は理解できなかったが、ラルカが混乱状態にあることはわかった。
「何か、脱出する方法はないのか?」
「我がわかるわけがなかろう。我とて、この魔法を見るのは二度目なのだ」
二人が話している間に、カーミラはラルカの目の前まで近づいていた。
「楽しかったぞえ」
カーミラの手が黒い犬へと変化し、ラルカの喉に食らいつき、血しぶきが舞った。
「ああっ!!」
思わずライラは目を覆った。例えかりそめでも、ラルカの死は直視できなかった。
「ほほ、すまんのラルカよ。妾の勝・・・」
カーミラのそこから先の言葉は出てこなかった。
「な・・・」
ジュリアンも絶句している。ライラは恐る恐る目を開けた。
「・・・月夜烏・迦楼羅」
ライラが見たのは、喉を食いちぎられ血まみれになったラルカと、胸部を失ったカーミラだった。ラルカが終末荒ぶる魔杖により炎を纏った刀で、抜刀一閃カーミラの身体を切り裂いていた。炎がカーミラの身体を焦がし、心の臓を灰にしていた。
「な、なんだ、何が起きたんだ!?」
「し、信じられん、太母様の誰も寝てはならぬの中で、なぜ、反撃ができるのだ!?」
その言葉に答えるものはいない。やがて闇が晴れ、ラルカとカーミラはお互いを認識すると、笑みを浮かべ、同時に倒れた。
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