少年、真なるヴァンパイアと謁見す①
蝙蝠となったジュリアンとラルカが猛スピードで飛び、ルクスカーナ王国を超え、混沌の森と呼ばれる大森林へ入った。この森の奥深く、中央部にはエルフの国ノーブレストがある。その遥か手前、ルクスカーナ王国から少し入ったところに、村が見えた。出発してから丸一日が経っていた。
「ここだ」
ジュリアンが速度を落とし、地面で人の姿に戻る。ラルカも降り、ライラを二次元の隠し部屋から出した。一日ぶりに外の世界へ出たライラは、すぐにルクスカーナ王国ではないことに気付いた。
「ここは?」
「リーブリング。我らヴァンパイアの村だ」
一見するとかなり広大なだけで、普通の村と変わらないように見える。だが、真夜中にもかかわらず住民は畑仕事など精力的に活動していた。ヴァンパイアは夜働き、昼間寝るのが正常である。村をジュリアンが先頭になり歩きだす。と、住人たちがジュリアンを見つけ、慌ててみな平伏した。
「第一階層、ジュリアンである。城へ使いを出せ」
その言葉に、一人の男性が馬型の魔物グラニに乗り駆け出した。それを見届けると、ジュリアンはラルカとライラを連れて再び歩き出した。
「なあ、ここにいる人たちって、全員ヴァンパイアなのか?」
「そうだ」
「だが、みんな普通の人間に見えるのだが」
「このあたりに住んでいるのは第五階層以下の者どもだからな。闇魔法もろくに使えん者たちだ。第四から第三階層の者が彼らをまとめているのだ。そして、第二階層以上の者たちは、あそこにいる」
ジュリアンが指をさした方向を見ると、のどかな村には似つかわしくない、壮大な古城が見えた。
「あの城に、始祖様がおられる」
城門には、二人のヴァンパイアがいた。髪も肌も白いが、眼はやや赤みがかっているだけだ。
「ジュリアン様、おかえりなさいませ」
門番が開城する。ジュリアンに続いてラルカとライラが城に入ると、奥からオールバックの男性ヴァンパイアが多数のメイドを従えて出迎えていた。
「ずいぶん早いご帰還だな、ジュリアン。何か不測の事態でもあったのか」
オールバックのヴァンパイアの目はジュリアン同様、白目も黒目もない、完全な深紅であった。後ろに続くメイドたちの目は、白目がやや薄いもののほぼ赤く染まっている。相当高位のヴァンパイアであることを認識したライラは、月光竜胆が手元にないことが心細くなった。因みに、普段月光竜胆はラルカの童子の宝物庫の中に入れている。
「お役目ご苦労、デュバロ。太母様のご様子はいかがか」
その言葉にオールバックのヴァンパイア、デュバロが顔を曇らせる。
「近頃、さらにお加減がすぐれない。食事も温めたチョコレートしかお飲みにならず、真夜中であるのにお部屋から一歩も出られない」
「おいたわしい」
ジュリアンも顔を曇らせる。するとデュバロがラルカとライラに目を向けた。
「その者たちは。信奉者か」
信奉者とはヴァンパイアにその身をささげる者たちである。血を吸われ死ぬか、ヴァンパイアになるかはヴァンパイアの気分次第だが。
「初めまして、ラルカです。男の子だよ」
「ら、ライラと申します」
二人が頭を下げるが、デュバロは訝しげにしているだけだ。
「この二人は信奉者ではない、協力者だ」
「協力者だと!?バーバヤーガではないのか!?」
「バーバヤーガの協力を得ることは不可能と判断した。だが、この少年も、時魔法を使用できる。太母のお悩みを解決することができる可能性がある」
「このような童がか?」
「童じゃないよー!」
ラルカがぷんすかする。
「ジュリアン、あなたを疑うわけではないが、本当にこの童が太母のお悩みを解決できるのか」
ラルカを無視し、デュバロが問いかける。ジュリアンは不機嫌な様子で答えた。
「その言葉のどこが、我を疑っていないというのだ」
デュバロとメイドたちの顔に緊張が走った。
「・・・ご無礼を。お許しいただきたい」
デュバロが頭を下げる。ジュリアンは一つため息をした。昨日、同じようなセリフを自分はラルカに言っている。だが、ラルカは一切気にした様子がなかった。それに比べて自分は、と自嘲した。
「いや、かまわぬ。我も初めは疑っていたのだからな。だが、この子はただの子供ではない。時魔法の高位の使用者だ。幸運であった、ここまで早く見つけられるとは。さ、早う客人を案内いたせ」
その言葉に、デュバロがメイドの一人に目配せする。メイドはラルカたちに深くお辞儀をすると、ついてきてください、と歩き出し、二階にある客室に連れてきた。
「何かありましたら、およびください」
メイドが退出すると、ジュリアンがおもむろに話し出した。
「申し訳ない、先ほどは失礼した」
「気にしなくていいよ。ええと、あの人デュバロさんって言ったっけ」
「うむ、あの者は我と同じ第一階層の者で、この城の執事をしている。メイドどもは奴の眷属、第二階層の者たちだな」
ラルカは落ち着いた様子で、メイドが用意してくれた紅茶とクッキーをおいしそうに食べてながらジュリアンの話を聞いているが、ライラはとてものどを通りそうにない。恐らく第二階層のメイド一人でも、今のライラでは歯が立たないだろう。それが少なくとも八人はいる。
「ねえ、さっき太母様にお悩みがある、って言ってたけど、それを僕が解決できるの?」
「うむ、それには時魔法が不可欠なのだ。だが、我らは誰も時魔法を使用できるものがいない。太母様は以前は使えたのだがな。そこで我が人間に化け、学園に入ったのだ」
「時魔法を習うため?」
ジュリアンが頷く。
「魔女殿に頼めれば早かったのだがな。あの御仁とは数百年以上前に諍いがあったのだ。藁にもすがる気持ちで少し探ってみたが、とてもご協力いただけると思えなかったのだ」
「諍い?」
「聞いたことがある。お姉ちゃんがまだギルドを作る前だと思うんだけど、第一階層のヴァンパイアを三、四人殺したって言ってた」
「五人だ。その眷属の第二階層は三十人以上、さらにその下も含めると数百人が殺された」
ライラの顔が青くなった。
「な、なんで、そんなことに?」
「我やデュバロと違い、その第一階層の者たちは、人間の国を滅ぼそうとしていたからな。そ奴らが同意する者たちを集めて侵攻の準備をしていたら、突如バーバヤーガが一人で攻めてきて皆殺しにしたのだ。太母様はお怒りになりバーバヤーガを始末すると仰せになった。危うく戦争になる寸前だったのだが、我とデュバロらが黙認していた我らにも責はある、と説得し、和睦したのだ。バーバヤーガは人間の国を守ろうとしたのだろう、彼女は結局は人間の守護者だからな」
「いや、なんか気に食わなかったから暇つぶしもかねて殺しただけって言ってたよ」
ラルカの言葉に、ライラだけでなくジュリアンも崩れそうになった。その時、ドアからメイドの声がした。
「ジュリアン様、太母様がお呼びです」
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