少年、強者と出会う④
「やったにゃ!つかまえたにゃ!これで大金持ちだにゃ!」
カレンがクリスタルビートルを手にして大喜びしている。クリスタルビートルも必死に逃げたが、カレンの根性が勝ったようだ。
「何がやっただ。単独行動はするなと言っていただろう!何かあったらどうするつもりだ!」
ライラが怒りの表情を見せ、ポールがまあまあとなだめている。
「はあ、はあ、やっと追いついただよ」
「もう、くたくたですよぅ」
ゴンゾとクリスティーナが情けない声を出した。鎧を身に付けたゴンゾと魔法使いのクリスティーナはライラとポールよりだいぶ遅れて到着した。
「ご、ごめんにゃ、ライラ。大丈夫、これの売り上げはちゃんと五等分するにゃ」
「そんな問題じゃない!ちょっとした油断が大事になるって言ってるんだ!しかも今は全員で行動しているだろう!お前ひとりの勝手な行動が、全員の命を危険にさらすことになるんだぞ!」
「まあまあ、ライラ君も落ちつきな。大事なかったんだ。だが、確かに今の行動はほめられたものじゃない、支部長からもしっかりお叱りを受けるんだな」
「・・・にゃ」
カレンの耳が申し訳なさそうに垂れる。それを見て、ライラもやっと留飲を下げた。
「さ、だいぶ奥に来てしまったようだ。もうこれで十分だろう、全員揃ったし、さっさと帰―」
瞬間、五人の背筋に寒気が走った。それはいつの間にか周囲の気温がかなり下がっていたからではない。一番鈍いクリスティーナでさえはっきりわかるほど、このパーティにとって絶望的な戦力を有した存在が近くにいるという気配だった。ライラがその方向を見ると、白い雌の獅子型の魔物が、全身から冷気と、それを上回る殺気を放ち、飢えたように喉を鳴らしていた。
「ば、ば、ばかな、こ、こいつ、まさか、そんな」
「あ、あわわわわわわ」
さすがのライラも恐怖を隠せない。ゴンゾは腰を抜かしそうになっている。
「ひ、ひいぃ・・・」
「に、に、に、逃げるにゃ」
クリスティーナはすでに泣き顔だ。カレンも膝が震えている。
「なぜだ。なぜ、こんなところにいやがるんだ。くそったれが!」
百戦錬磨の戦士であるポールもここまでの魔物は初めて相対する。それもそうだろう、この魔物に会った義勇士のうち、生きて帰ってきた者がどのくらいいるのだろうか。
「フロストクイーン!」
魔物が咆哮を上げる。空気が震え、殺気をまき散らす。ライラが闘気を込めた月光竜胆を地面に振り下ろすと大きな穴が開き、岩が飛び散り、フロストクイーンの視界を一瞬遮った。
「逃げるぞ!」
ポールがゴンゾとカレンの、ライラがクリスティーナの腕をつかみ走り出した。ポールが懐から非常時に使用するための笛を取り出し思い切り吹いた。
「とにかく走れ!奴は巨体だ、この森では十分逃げ切れる!」
「ご、ごめんにゃ、カレンのせいにゃ、ごめんなさいにゃ」
カレンが涙ぐむ。
「今そんなこと言っている場合じゃないだろ!しっかりしろ!」
走り出すライラたちに、フロストクイーンは慌てることなく、標的をライラに定めると、大きくジャンプし飛びかかってきた。巨大な木々を造作もなくなぎ倒しながら。
「くっ」
ライラはカレンたちをかばうように月光竜胆を盾にフロストクイーンの爪を防いだ。衝撃で大きく後退する。
「ライラ!大丈夫にゃ!?」
カレンが立ち止まる。
「も、問題ない」
さすが月光竜胆である。強烈な爪の攻撃を受けても一切の破損がない。だが、ライラの腕はたった一撃でしびれてしまった。
(ここまで、力の差があるのか)
強くなったつもりだった。いや、実際学園に入学する前と比べるとライラに限らず、全員実力は大幅に上がっている。しかし、それでも目の前の魔物に歯が立たない。ライラの顔に焦りが見えた。
(奴のほうがや速さは段違いだ。ここで迎え撃つしかない)
ライラが覚悟を決め、月光竜胆を構える。だが、魔物とライラの間に、カレンが立った。
「みんな、ここはカレンに任せるにゃ。今のうち、逃げるにゃ!」
「な、なにいってるんだ!」
「そ、そうですよぅ。カレンさんだけおいて、逃げられませんよぅ」
「そうだ、それをするのは俺の役目だ、君こそ早く逃げろ!」
「あわわわわわ」
だが、カレンは首を横に振った。
「こんなことになったのはカレンのせいにゃ。みんなを道連れにするわけにはいかないにゃ。ライラ、これを」
カレンがクリスタルビートルをライラに手渡す。
「ごめんにゃ。これをもって、逃げてほしいにゃ。自分の責任は、自分でとるにゃ」
ライラはカレンの頬を思いきりひっぱたいた。
「にゃ!?」
「馬鹿野郎!何が責任を取るだ、ガキのくせに!」
ライラの顔が怒りに満ちている。
「自分の責任は自分でとるだと?ふざけるなガキが!死んで残された人の気持ちを、考えたことあるのか!?お前が代わりに死んだおかげで生き残ってよかったと、わたしたちが思うと思っているのか!?」
「・・・・。」
カレンは何も言えなかった。ライラの顔が怒りから、悲しみに変わっていたから。
「お前のはただの自己満足だ!自分の死を、人のせいにしているだけだ!わたしは違う。自分の意志で生き、自分の意志で死ぬと決めているんだ!」
そう言ってライラは闘気を放つ。フロストクイーンが一瞬たじろいだ。カレンたちも驚いた。ライラの闘気の色が、確かに紫になっていた。まだ若干青みがかっているものの、以前のライラのそれよりも強く、そして雄大だった。
「カレン、お前は逃げろ。そしてラルカかヒショウ先生を呼んで来い」
「にゃ!?」
「わかるな、お前にしか頼めないことだ。迷ってる暇はない。わかるな」
「・・・わかったにゃ。ライラ、ありがとうにゃ」
カレンは走り出した。この中で最も足が速いのはカレンである。ライラの判断は正しい。しかしこの状況、逃げるに等しい行為がカレンをするのは、死を上回るほど苦しい屈辱だろう。だがカレンは最も無様で情けないその役割を全うすると決めた。それが本当の責任の取り方だと思ったからだ。カレンの姿が見えなくなると、ライラは月光竜胆を下段に構えた。
「ポールさん、悪いがゴンゾを頼む。クリス、わたしが戦っている間に、奴のスキを見て水神の破城槌を打ち込んでくれ。わたしごとでいい」
「・・・ああ、わかった」
「ひ、ひうぅ」
ポールは悔しさから唇をかみしめた。本来は重装備のゴンゾにいわゆる“盾”の役割をして欲しいところだが、今のゴンゾではフロストクイーンの攻撃を一撃も耐えられそうにない。ポールは決して弱くはないが、今のライラと比べると相棒にするにはやや心もとない。それに比べ、クリスティーナは物理戦闘力は皆無に等しいが、彼女の水魔法はこのパーティが可能な最強の攻撃手段である。戦力として数えないわけにはいかない。彼我戦力を冷静に判断し、ライラは勝率が約二割、と判断した。ライラの頭にふっと、ラルカの笑顔が浮かんだ。
(ラルカ、お前と出会えて、本当によかった)
――――万物滅ぼす残酷なる光よ、降臨せよ
「空焦がす雷剣 !」
カレンは走っていた。目から涙がこぼれだすが、拭う暇などない。
(自分のせいで。自分のせいで。みんなが。ライラが)
敵の前で、自分だけ逃亡してしまった。だが、恥だと思わない。こんなことで許されるような罪なんかじゃない、そう思っていたから。なんとしても助ける。そのためなら、自分が卑怯とののしられようと、臆病とさげすまれようともかまわない。どんなにみっともなくても、必ずみんなを助ける。そう思っていた。闘気を全開にし、脚がちぎれるまで全力で走る。すると、前方から、見覚えのある桃色の髪が見えた。
「ラルカっ!!」
「カレン?」
カレンはラルカに抱きついた。涙がとめどなく零れ落ちる。
「ラルカ、お願いにゃ、助けてほしいにゃ。みんなが、ライラが・・・っ!!」
そこからは言葉にならない。ラルカはカレンの涙を人差し指で拭った。
「大丈夫、必ず助けるよ。あとからついてきてね」
言い終わると、一瞬でラルカの姿は見えなくなった。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
よろしければ評価、リアクションいただきますと幸いです。




