少年、強者と出会う⑤
「ら、ライラさん・・・っ!!」
「あわわわわわ」
フロストクイーンが高らかに勝利の雄たけびを上げている。その下で、ライラが動かなくなっていた。左腕は根元からちぎれ、遠く離れた木の枝にぶら下がっている。下半身は氷で固められ、体中傷だらけで、目から光が消えていた。ライラは勇敢に戦ったが、フロストクイーンの力は想定以上だった。ポールが途中加勢したが、一撃で吹き飛ばされ、気を失ってしまった。クリスティーナはウンディーネを呼び出し、魔法を打つ隙を伺っていたが、フロストクイーンをとらえるより先に、奴の牙がライラを捕らえていた。
「くうぅ・・・っ」
クリスティーナは立ち上がり、杖を振り上げ、戦闘態勢に入った。
(ライラさんをぅ、ここで死なせるなんてぇ、絶対にさせません!!)
脚は震えている。勝機は万に一つもないだろう。だが、ライラの気高い姿は、彼女に勇気をもたらした。奴とて無傷ではない。ライラの斧が奴の右前脚に大きな傷を負わせている。それが軽傷ではないことは、足を引きずる奴の姿から明らかだった。学園に入学していた時のライラであれば、奴にかすり傷一つ与えることなく敗れていたであろう。
「来るなら来なさいっ」
クリスティーナのその言葉にフロストクイーンが咆哮を上げ、その牙を突き立てようと飛びかかってきた。
(あ・・・)
その瞬間、彼女の頭に突如子供のころの想い出が甦った。何も知らず、ただ遊んでいた無邪気なあのころ。兄も、弟も笑っていた。その幸せが奪われたあの日。母の涙。そして、ラルカと出会えたこと、ラルカのおかげで、ウンディーネと出会えたこと。最後に浮かんだのは、ラルカの笑顔であった。
(幸せ、だったな)
そう思ったとき、彼女の喉にフロストクイーンの牙が突き立てられようとしていた。が、いつまでたってもその時が来ない。
「はへっ?」
いつの間にか瞑っていた目を開ける。するとフロストクイーンがはるか後方に吹き飛ばされており、目の前にラルカの後ろ姿が見えた。
(まだ、走馬灯?)
だが、そのラルカがこちらを向いて、にっこりと笑った。それを見た瞬間、涙が出てきた。
「ら、ラルカさんっ」
「わぷっ」
思わず抱きしめる。
「ラルカさん、ラルカさん、来てくれたんですねぇ」
「ごめん、遅くなったね」
「いいんですぅ、いいんですぅ、それより早く、お願い、ライラさんが、ライラさんが・・・!」
ラルカはその声に、ライラのそばに駆け寄った。するとラルカに吹き飛ばされたフロストクイーンが起き上がり、憎悪の視線をラルカに送る。しかし、
「動くな」
その言葉に、フロストクイーンはおろか、クリスティーナも、ゴンゾも動かなくなった。普段の優しいラルカの声とは思えない、フロストクイーンの氷よりも冷たい、凍るような声だった。
「遅くなってごめんね、ライラ。痛いよね。今、助けるからね」
一転慈母のごとき声でライラに謝罪し、飛ばされたライラの左腕を持ってくる。ライラのそばに跪くと、ラルカに聖のマナが循環しだした。
――――聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。愛おしき人、あなたに災いが襲おうとも、命、生、魂が再びあなたを祝福したまう
「罪なき者への救済」
ライラの体からまばゆい光が放たれる。あまりの強さにクリスティーナとゴンゾが目をつぶった。光が収まり、二人が目を開けると、ライラの体の傷はすべて消え去り、左腕も元通りになっていた。
「な、なんだありゃあ!?」
ゴンゾがすっとんきょんな声を上げる。聖魔法の心得があるクリスティーナは、その魔法の正体に気が付いた。
「さ、最上級聖魔法、罪なき者への救済・・・」
全ての魔法の中でも最高難度の一つに挙げられる魔法である。対象の傷や病気、呪いをもすべて治し、さらに過去欠損した肉体すら回復する究極の治癒魔法。この魔法を使用できたのは、過去の歴史を含めても二名だけのはずだ。
「クリス、ライラを見ていてね。今は少し眠っているけど、すぐに目を覚ますから」
ラルカはそう言うと、今度はポールのところに向かった。幸いポールはそこまで重症ではなく、強化治癒ですぐに気を取り戻した。
「あ、ありがとう、助かった」
ラルカはポールに微笑を浮かべる。そして未だ動かないフロストクイーンへ向き直った。左手で鳳雛を抜き、ゆっくりと近づく。その表情はクリスティーナたちからは見えない。フロストクイーンが一歩下がる。だが、彼女は自身のその行動に誇りが傷ついた。今まで彼女が相対した人間はすべてその牙で命を奪ってきた。こんな弱い生き物に、この私がおびえるなど、ありえない。あってはならない。彼女の本能は逃げろと言っているが、それを誇りが上回った。上回ってしまった。彼女は大きく口を開け、ラルカに飛びかかった。食らいつこうと思った瞬間、
「火食」
鳳雛が彼女の口の中に突き立てられていた。一撃で彼女は動かなくなってしまった。ラルカが鳳雛を持っている左手にマナを込めると、彼女の体内に突き立てられた鳳雛から炎が立ち上がり、彼女の内腑を焼き尽くした。
「氷の女王様、最後の食事ぐらい、温かいほうがよろしいでしょう?」
ラルカは鳳雛を引き抜くと、ゆっくりと納刀し、振り返った。いつもの穏やかな表情だった。
「ライラはどう?」
「は、はひっ」
クリスティーナの声が聞こえたのか、ライラがうーんと唸りながら、ゆっくりと起き上がった。
「あれ、わたしは・・・」
目を覚ました途端、ラルカが抱きついてきた。
「らっ、ラルカ!?お、おい、みんなの前だぞ!?だ、大胆過ぎるだろ!?」
ライラの顔が真っ赤になるが、ラルカが泣いているのがわかると、
「ラルカ?どうしたんだ?」
「ごめん、ごめんね、ライラ。ライラを痛い目に合わせて。約束したのに。ジークさんとヒルダさんに、約束したのに」
「ラルカ・・・」
嗚咽を漏らすラルカを、ライラは胸に抱きしめた。
「謝るな。お前のせいじゃないだろう。むしろ、助けてくれて感謝している。ありがとう、ラルカ」
「怒ってないの?」
ラルカが顔を上げる。涙と鼻水でくしゃくしゃだ。
「あたりまえだろ。泣きべそかくな。ほら、男前が台無しだぞ」
ライラはラルカの鼻を優しくぬぐった。その瞬間、走ってきたカレンがライラに飛びついた。
「ライラ、ごめんにゃ、ありがとうにゃ、ごめんにゃ、ありがとうにゃ」
「ええい、今度はお前か。離れろ、わたしの服がべしょべしょになるだろ!」
泣きじゃくりながら謝罪と感謝を口にするカレンに、みんなが笑った。
「良かった。みんな無事で」
ラルカがほっとした様子で、その場にへたり込んだ。
「みんにゃ、改めて、ごめんなさいにゃ」
カレンが全員に頭を下げる。
「カレン、自分のことしか考えてなかったにゃ。みんなのこと危険な目に合わせてしまったにゃ。どうやってお詫びすればいいか、わからないにゃ」
ぽろぽろ涙をこぼす。するとライラが、カレンの頭をこつんと軽く叩いた。
「にゃ!?」
「これで、許してやる。もう二度とするなよ」
ライラが顔を赤らめてぶっきらぼうに言った。
(ツンデレだな)
(ツンデレだべ)
(ツンデレですねぇ)
ポール、ゴンゾ、クリスティーナが温かい目で見ていた。
「ら、ライラ~」
「だ、だから、もう泣くな!!」
みんながまた笑った。
「ま、しょうがねえべな。あんな珍しい魔物見つけたら。オイラだって反対しなかったし」
ゴンゾが明るく言う。
「あ、そうだ、すまんカレン。クリスタルビートル、どっかに逃がしてしまった」
ライラが今思い出したように、カレンに謝罪した。
「そんなのいいにゃ。ライラが無事だったら、そんなのいいのにゃ」
また泣き出す。ライラはどうすればいいのかわからなくなった。
「まあ、欲を出して危険な目に合うのは義勇士にとってよくあることだ。長生きしたけりゃ、判断を誤らないようにな」
ポールが話をうまくまとめた。
「何の話?」
ラルカがぽかんとしている。
「ちょっとぅ、説明すると長くなるんですけどぅ」
「それより、とっとと帰りたいべよ。もうくたくただよ」
「じゃ、楽園への扉出すね」
ラルカが詠唱を始めようとして、ふと思い出した。
「あ、そういえば、さっきの魔物から一応これ取ったんだけど、みんなにあげるね」
ラルカが人の頭ほどある大きさの塊をライラに渡した。
「なんだ、これ」
「さっきの魔物のコア。剣で突いたときにそれだけえぐり取ったの」
「な、なんだって、フロストクイーンのコア!?」
驚いたのはポールだった。
「それはすごいぞ、奴は氷属性の魔法が得意な魔物なんだ。そのコアとなれば、かなりの値が付くことは間違いない」
「で、でも、これはラルカが倒した魔物だろう。わたしたちが受け取るものじゃない」
ライラが返そうとするが、ラルカがそれを手で制した。
「あの魔物からみんなを守ったのはライラだよ。だから、受け取って」
ライラがどうすればいいかをポールに目で尋ねる。
「ま、それも含めてヒショウさんに報告だな」
お読みいただきまして、ありがとうございます。
よろしければ評価、リアクションいただきますと幸いです。




