少年、少女の悲しみ、苦しみ、痛みを知る⑥
「ほら、さっさと出て行け。二度とこの街には入ってくるな」
騎士たちはライラとジークたちの遺体を街の外に放り出し、門を閉めた。ライラはしばらく呆然としていたが、やがて二人の遺体を肩に抱き、歩き出した。ジークの背中にある大斧が重かったが、捨てようなどとは考えなかった。
(なんで、だれもたすけてくれなかったんだろう)
二人はみんなのため、必死に戦っていたのに。
(なんで、しきょうさまはあんなこといったんだろう)
二人は誰よりも、正しいことをしていたのに。
(なんで、泣いても泣いても、かなしみははれないんだろう)
ライラは二人の遺体を引きずり歩く。いつの間にか雨が降っていたが、寒さは感じなかった。ただ、二人の体ってこんなに重いんだな、そんなことが頭に浮かんでいた。膂力が強いダークエルフとはいえ、十歳のライラにとって大人二人の遺体を運ぶのは重労働だった。自分でもどこに向かって歩いているのかわからない。どこにも行く当てなんてないのに。歩き続けるうちに、二人の膝から下は地面とこすれて、脚の肉が削げ落ちていた。ライラは途中でそれに気付き、悲くなったが、どうしようもなく、そのまま引きずり続けた。
ライラがやってきたのは、いつの日か三人でピクニックにやってきた丘だった。どうやってここまで来たのか記憶にない。ここでジークと釣りをし、ヒルダの膝枕で眠り、三人で日が暮れるまで遊んだ。ライラはこの場に二人を埋葬することに決めた。雨が降りしきる中、ライラは地面を素手で掘り出した。
(とうさん、かあさん、ここでいいかな。ゆるして、くれるかな)
地面は雨で少しは柔らかくなっているものの、二人の人間が入るほどの穴を掘るのは十歳の子供にとって優しいものではない。どれだけ掘っても掘っても足らない。それでも、ライラは土を掘り続けた。
(とうさん、かあさん、ごめんね、こんなところで)
ある程度大きな穴になったところで、両親の遺体を入れた。だが入りきらない。膝を折り曲げようとしたが、すでに硬直が始まっており、曲がらない。ライラは再び穴を掘った。掘っている時だけ、悲しさを少し感じなくても済んだので、どんなに指が痛くても、皮がむけ、爪がはがれても、掘ることをやめようとは思わなくなった。
しばらく掘り続けると、やっと二人の遺体が入るほどの穴ができた。ライラは寝かせるように二人の遺体を入れ、優しく土をかけていく。二人の姿が徐々に見えなくなっていくのが寂しかった。二人の姿が見えなくなるのが悲しかった。やがて、頭以外を埋め終えると、ライラは二人の頬に口づけをした。驚くほど冷たくなっていた。ライラは二人の顔に土をかぶせることに躊躇ったが、もう一度頬に口づけし、埋葬を終えた。
(えっと、たしか、ぼせきってものが必要なんだよね)
ライラは周囲を見渡すと、石を二つ、二人が眠る地面の上に置いた。祈りをささげようとしたところで、
(だれにいのればいいんだろう)
あの司教が信じる神?
(あんな、ひどいことを言われたのに)
エルフの信仰する、精霊王?
(ダークエルフをみくだす、エルフの信じるものに)
その時、突然ライラの口が男の手で押さえつけられた。気付いた時には地面に押し付けられ、身動きが取れなくなった。
(!!?)
「ふひひ、おとなしくしてなよ、ライラちゃん」
男の声には身に覚えがあった。王都までの行商をしている男で、以前ジークが格安で護衛の依頼をうけていたことがあった。
「やれやれ、やっと埋めてくれたか」
ライラが目を向けると、その男の後ろにいたもう一人と目が合った。
(トーマスおじさん!?なんで、トーマスおじさんがここに?)
ライラの頭が混乱する。二人はライラが街を追放された後、こっそりと後をつけたのだった。
「本当だろうな。その子を買い取ってくれる奴隷商がいるってのは」
「本当だとも。以前に王都に行った時に知り合ったんだ」
(どれい?)
「人間を売買すると処罰されるらしいが、亜人は問題ない。どうやらダークエルフは高く売れるらしい。こいつを売れば、10ユリウスぐらいにはなるだろ」
「そうか」
トーマスはライラの目を見ると、軽く頭を下げた。
「悪く思わんでくれ、こっちも生きるためなんだ」
この男は、自分が同じ目にあって、悪く思わないとでも思っているのだろうか。先ほど軽く頭を下げたが、それだけで自分の犯したことが償えると、本気で思っているのだろうか。それとも自分はやむなくこんなことをしているという自尊心なのだろうか。人身売買をする男が、自身に守るべき尊厳など残っていないことに気が付いていないのだろうか。
(なんで、トーマスおじさんが、こんなひどいことをするんだろう)
ライラは何度もジークとヒルダがトーマスを助けたのを見た。
(人にいいことをされたら、恩をかえすんじゃなかったの?なんで?なんで?)
「ひひ、ごめんなライラちゃんよ。お詫びにおじちゃんが、いいことしてあげるからね」
男はライラの小さな手首を乱暴に掴むとライラをうつ伏せから仰向けにひっくり返した。
「おい、何やってんだ」
「へへ、品物のチェックだよ。不良品を売るわけにはいかねえだろう?」
「良くそんな気が起こるな、子供に。俺はそこまで堕ちちゃいねえよ」
この男がこれ以下のどこに堕ちるというのか。それともこんなことをしながらまだ自分は天国に行く資格があるとでも思っているのか。こいつよりは自分はまし、とでも思っているのか。この手の矮小な小物にありがちの安い見栄なのか。すでにこの二人は落ちるところまで落ちた下衆に成り下がっているのに。魂が腐臭を撒き散らしながら腐り落ちているというのに。この二人は人に愛される資格を永遠に失った。いや、すでに人ですら無い。魔物以下の下衆である。この二人に比べれば、まだ糞蠅のほうが美しいだろう。
「へへ、どうせ売り払った変態に弄ばれんだ。その前に俺が遊んでやるよ。ライラちゃんも初めては知ってる人のほうが良いだろう?」
「い、いやだ!!だ、だれかたすけて、トーマスおじさん!!」
ライラは激しくもがいた。何をされるか理解しているわけではない。だが、死をも超えた恐怖と嫌悪を感じた。直後、頬に衝撃が走った。
「大人しくしやがれ、クソガキが!」
「おい、なにやってんだ。顔は傷つけるな」
ライラの目に涙が浮かんだ。なぜ涙は枯れないのだろう、そんなことが頭に浮かんだ。
「ふひひ、泣いた顔もかわいいよ?じゃ、始めよっか」
男の顔が近づく。雨にぬれてもその醜悪な顔ははっきりと見えた。
(たすけて、とうさん、かあさん!)
「ぎゃあっつ!!」
「!?」
全員、何が起きたかわからなかった。ライラの上に載っていた男が悲鳴を上げた。全身から焦げたにおいがする。男は後ろに倒れこみ、動かなくなった。
「な、なんだ!?おい、しっかりしろ、何が起きたんだ!?」
ライラの手から放たれた電撃が男の肉体を貫いていた。ライラは今まで一度も雷魔法を使用したことはなかった。自分でも驚いて手を見つめている。
「こ、このガキ、よくもやってくれたな」
トーマスは墓のそばに立てられていたジークの大斧を持った。持ち上げると、重さで体がよろける。
「こうなりゃ、多少値が下がってもかまわねえ、腕を切り落としてから売るとするか」
すでに善人の仮面を捨ててしまったのか、悪鬼の形相になったトーマスが、大斧を持った。この男はもともと善人の皮を被っていただけなのか、欲望に目がくらんだのか。どちらにしろ今のこの男は下衆そのものであり、一度そこに堕ちたものはもう二度と人には戻れない。仮に生きるためにどうしても金が必要だと仮定しても、下衆ではなく人ならば、ここまで下劣なことはしない。いや、出来ない。
「じっとしていろ!!」
トーマスは大斧を大きく振り上げた。その瞬間、天から神の怒りにも似た勢いで落ちた雷が、大斧を通してトーマスの体を貫いた。
「・・・・」
トーマスは悪鬼の形相のまま、動かなくなった。人生の大半を善人として過ごしてきた彼であるが、最後の最後は下衆としてその生涯を終えた。
「はあ、はあ、はあ、」
ライラは父の形見の大斧をトーマスの手からもぎ取った。そして、二人の死体に向けて、それを振り上げた。だが、振り下ろすことはしなかった。ライラは二人の死体を引きずり、丘の上から放り投げた。やがて魔物に食われて骨も残らなくなるだろう。墓の前に戻ってくると、大斧を手にした。
(とうさんと、かあさんが、守ってくれたんだ)
ライラは大斧を抱きしめ、一人丘を降りた。雨はいつの間にか止んでいた。涙もいつの間にか止まっていた。この日から彼女は、この世で信じられるものは手にした大斧だけになった。
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