少年、祖父に会いに行く①
「ここは・・・?」
野外訓練を終えて、ライラとラルカは楽園への扉で見知らぬ場所へ来た。すでに春月(三月~五月ぐらい)の上旬を終えようとしているはずなのに、雪が残っている。山の中とはいえ厳しい寒さだ。
「アルトリッツだよ」
「アルトリッツ?ドワーフの国の?」
うん、と返事をしたラルカは小走りで坂道を登っていく。慌ててライラも続いた。アルトリッツはルクスカーナ王国の遥か西方にある国で、国民のほぼ全員がドワーフだ。ゴンゾの出身でもある。万年冬、と言うほどではないが比較的温暖なルクスカーナと違い雪も多く、寒さも厳しい。
「ほら、あそこだよ」
すぐに目的の建物が見えた。小さい工房だ。なぜこんな人気のないところに立てたのだろう、とライラは少し疑問に思った。ラルカはいきなり工房の扉を開けると、
「おじいちゃん、ひさしぶり!」
工房の中にいる年老いたドワーフに飛びついた。
「おおっ、なんじゃ、ラルカか。ほほ、元気そうじゃの」
その年老いたドワーフは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに相好を崩すとラルカを優しく抱きとめた。白い髭の長い、温厚そうなドワーフだった。
「おじいちゃんもげんきそうだね」
「ほほ、何を言っておる、ラルカが立派な大人になるまでは死んでられんわい」
よしよし、とラルカの頭をなでる。
「?そちらのお嬢さんは?」
そのドワーフがライラに気付いた。ライラは小さく頭を下げた。
「ライラ。僕の友達なんだ」
「ほほ、そうかそうか、こんな山奥までよく来てくださった、今何か出すからの。おーい、タロスよ」
ぱんぱんと手を鳴らすと、奥の扉が開いた。思わずライラがあっと声を上げる。
「ナンデスカ、ダンナサマ。マタ、オサケデスカ」
現れたのは全身金属でできた人型、と言っていいのかわからないが、二本足で歩いている何かだった。
「ばかもん、こんな時間に飲むやつがおるか。せっかく孫が友達を連れてきてくれたんじゃ、コーヒーでも淹れんか」
「ナンダ、ハジメカラソウイッテクダサイヨ」
「いいからさっさと淹れてこい」
「ヤレヤレ、オートマタヅカイノアライヒトダ」
めんどくさそうに返事をした。呼吸が必要なはずもないのだが、ふしぎと溜息をついたように見える。
「タロスも久しぶり、元気だった?」
「オヒサシブリデス、ラルカサン。ワタシニモ、ゲンキッテモノガアルノデアレバ、ゲンキデスヨ」
そういうとタロスと呼ばれたそれは扉の奥に引っ込んでいった。
「すまんのお嬢さん。あいつはわしが作ったオートマタなんじゃが、なんでか口が悪くてのう、誰に似たんじゃか」
「お、オートマタ!?」
ライラが驚くのも無理はない。世界にオートマタと言うものは今のタロス77号しか存在しないのだから。オートマタなど御伽噺に登場するもの、という認識だった。しばらくするとタロスが戻ってきた。お盆と、ラルカとライラの分であろう椅子を二つと、コーヒーを置くテーブルを、六本ある腕で器用に持ってきて、丁寧にそれを並べた。
「デハ、ゴユックリ」
ラルカはコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと淹れておいしそうに飲んでいる。ガドンはラルカを優しい目で見ていた。
「ささ、お嬢さんも」
「は、はい」
コーヒーなどライラは初めての経験だ。嗅いだことがないが、どこか心を落ち着かせる不思議な香りが鼻孔をくすぐる。そのまま口をつけた。
(おいしい)
さわやかな苦みと、ほんのわずかな酸味が口の中を駆け巡る。ライラはそのままのブラックがお気に召したようだ。
「改めてようこそ、わしの工房へ。汚いところじゃが、くつろいでくだされ」
「は、はい、は、はじめまして、ライラと申します」
「ほほ、こちらこそ。わしはガドン、しがない鍛冶師じゃ」
(・・・ガドン?)
ライラはその名前を聞いて、一瞬固まった。世界中で知らない人はいないであろうその名前が、頭で理解するのに数秒の時を要した。
「ま、まさか、国宝ガドン・マレウス!?七星使徒の一人で、世界一の鍛冶師の!?」
ガドンは長いひげをなでながら、
「世間では、そういわれておるようじゃの」
自身はその呼び名はあまり気に入っていない様子だ。少しだけ眉をひそめた。ガドンは金も地位も名誉も興味が無く、あるのはただ至高の武具を作りたい、との目標のみである。人里離れた場所に工房を立てたのも、それに集中するためであり、国宝との高名は彼にとって邪魔なだけであった。
「ね、おじいちゃん、一つお願いがあるんだけど」
コーヒーを飲み終わったラルカが、ガドンに甘えた声を出した。
「なんじゃラルカ、何でも言ってみなさい」
「ね、一つ見てほしい武器があるんだ。さ、ライラ」
「し、しかし」
ライラが躊躇した。まさか国宝と呼ばれる彼に頼むなんて思ってもみなかった。失礼ではないだろうか、と思ってしまうのも無理ではない。
「ほほ、可愛い孫の頼みじゃ。遠慮はいらん、わしに見せてみなさい」
ライラはおずおずと持っていた大斧を包んでいた布をめくり、ガドンに手渡した。
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