少年、少女たちと共闘する①
ライラとカレンの試合から、さらに十日ほどたったころ、二回目の野外訓練の日がやってきた。あれから、ラルカはカレンやクリスティーナと訓練を行っていたが、ライラとは修行どころかまともに話すらできていない。
「皆、準備はできたかの」
「は、いつでも問題ありません」
ヨミの声にロベスピエール教諭が答えると、ヨミは楽園への扉を開いた。その先には前回と同じ森が広がっている。
「それでは、行ってまいりま――」
「が、学長!」
ちょうどその時、学園の職員の女性が慌てて走ってきた。
「なんじゃこんな時に」
ヨミが不機嫌になる。ロベスピエールはじめ教諭達に緊張が走った。
「も、申し訳ありません、ですが、どうしても学長にお会いしたいとお客人が来ておりまして」
「待たせておけ。誰であろうとな」
「し、しかし――」
「もう来ておるぞ」
もったいぶった粘度のある言い方で、身なりの良い太った男が、護衛を二人付けてやってきた。
「初めまして、学長殿。私は恐れ多くもシザリオ辺境伯の使いである」
その言葉に、場のほぼ全員が顔をしかめた。一際苦い顔をしたのはヒショウである。ラルカは何のことかわからずきょとんとしていたが。
「困りますなあ、学長殿。我らの仕事の妨害をされては」
「一体何の話ですか」
口をきかないヨミに代わり、ロベスピエールが答える。
「先日、狂戦士の栄誉のメンバーから、この学園の生徒に依頼を妨害されたと報告があったのだ。それどころか、一方的に攻撃までしてきたと」
その言葉に、全員がラルカを見た。ラルカはまだきょとんとしている。隣りにいるゴンゾを見た。
「ねえ、なんであの人が狂戦士の栄誉のこと言ってるの?」
ゴンゾは慌ててラルカの耳元に小声でささやいた
(狂戦士の栄誉の連中を雇っているのが、さっきこいつが言った貴族なんだよ。シザリオ辺境伯って、有名なんだ)
「それは、違―」
ロベスピエールが言い終わる前に、護衛の一人が突然ロベスピエールを殴った。
「控えよ。無礼である」
使者の男は虫けらを見るような眼でロベスピエールを見下した。
「我はあの英雄の子孫、グズル・フォン・シザリオ辺境伯の使いぞ。我に対する無礼は、シザリオ辺境伯への無礼と同義である」
ロベスピエールが唇をかみしめた。元貴族の彼は、階級の重みを知っている。本来軽くよけられるはずの拳を食らったのは、例えこちらが正しくても格上の貴族相手には言い分が通用しないことを知っているからだ。
「はは、すまんな使者殿。この学園の者は粗忽者ゆえ、許してやってくれ」
突然声を出したのはアウグスト王子だった。久しぶりに自信に満ちた顔で、わざとらしくゆっくりと歩いてきた。
「おお、これはこれは殿下、お久しぶりでございます」
使者の男は先ほどまでとは打って変わり、うやうやしく首を垂れた。
「最近お会いできていないが、伯父上はご健勝か?」
「はい、それはもう。殿下もお変わりなく、いや、以前よりりりしくなりましたな」
「伯父上?」
(王妃様が、グズルって貴族の妹なんだべ)
ゴンゾの声にふうんとラルカがうなずいた。あまり興味はないようだ。
「殿下、申し訳ございませぬ、殿下の通われる学園にこのようなことを言うのは心苦しいのですが」
「いや、かまわんよ。伯父上にも言い分があろう、好きにするがよい」
では、と下品な笑みを浮かべた使者が、勝ち誇った顔でヨミへと向き直り、一枚の紙を取り出し、それに書かれた文章を読み上げた。
「ブレディス学園学長、ヨミ・ミオソティス殿へ我が主、グズル・フォン・シザリオ辺境伯より要望を申し渡す。一つ、今後狂戦士の栄誉への妨害行為を一切禁ずる。一つ、前回の妨害行為に対する謝罪を要求する、一つ、以前妨害行為をした者を引き渡すことを要求する、以上」
言い終わった使者が勝ち誇った表情をする。ヨミは何も答えない。
「どうされました学長、返答いただきたい」
するとヨミは答える代わりに、右手の人差し指を上げた。指先に、黒い透明な小さい箱のようなものが浮かんでいる。指を折り曲げるとその箱が使者の顔に飛んでいき、命中すると、使者の顔が消えた。
「うわあああああっ!!」
「きゃあああああっ!!」
生徒も、教師も、悲鳴を上げる。誰も知らなかったであろう、人間の頭の輪切りが、ここまで恐ろしいものだとは。頭前半分を失ったはずの使者だが、時が止まったように立ったまま動かない。
「うるさい口じゃの。その汚い顔ごと、消し飛ばしてしもうたわ」
ヨミの声は小さかったが、全員背筋が凍る思いだった。それほど強い怒気をその声から感じた。頭の前半分がなくなった使者の姿は、この世の者とは思えぬ恐怖を全員に抱かせた。
ヨミはぷかぷかと浮いたまま、腰が抜けた護衛に近づいた。
「グズルとかいう大馬鹿に言っておけ、この学園に二度と口を出すなと。不服と言うのならこ奴の顔のようにこの世から永久に消してやる。貴様の領土ごとな」
護衛は泣きながら何度も頷いた。ヨミはぱちんと指を鳴らす。直後、使者の顔が元に戻った。途端に腰が抜けしゃがみ込んでしまった。先ほどまでの傲慢な様相はなくなり、怯えたように震えている。股間のあたりが濡れていた。
「感謝せよ。命は助けてやった。だが、二度はないぞ」
使者たちは逃げるように帰って行った。ヨミがアウグスト王子をにらみつけると、王子は悲鳴を上げて逃げていった。
「やれやれ、とんだ邪魔が入ったの」
ヨミの機嫌が直ったことに、全員がほっとした。
(い、今、何したんだ?)
ゴンゾが恐る恐るラルカに聞いた。
(あれ、永遠の棺っていうお姉ちゃんの独自魔法。対象をどこかに飛ばすってことしかわかんない。本来は二度と戻ってこないけど。お姉ちゃんが一番機嫌の悪い時に使う魔法)
ラルカは機嫌の悪いヨミが、どんな魔物よりも恐ろしいことを知っている。
「それでは、みな、行ってくるがよい。気を付けての」
生徒も教師も、逃げるように楽園への扉の中に入っていった。
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