少年、少女と仲違いする②
「ね、カレン、これできるかな」
ラルカが立ち上がり、両手をだらりと下げた、一見無防備な態勢をとった。次の瞬間、ラルカの姿が消え、数歩先にまるで瞬間移動したように見えた。
「にゃ!?」
「今の、鶻影って歩法なんだけど、どう?できそう?」
「む、無理にゃ。そんなこと、できるわけにゃいにゃ!」
カレンが首を何度も振った。
「そうかなあ。カレンって歩法もすごく上手だから、けっこう簡単に習得できると思うよ。ちょっと教えるから、やってみてよ」
ラルカの言葉にしぶしぶ、といった感じでカレンが立ち上がった。
「まず、闘気を完全に断って、全身の力を抜いて。初めは目をつぶったほうが集中しやすいよ」
カレンはラルカの言った通り目をつぶった。
「そう、そしたら、ゆっくり前に体重を移動させるようにして。ただ、まだ足は動かさないように」
カレンの体のつま先に体重が集まる。
「もうこれ以上すると倒れちゃう、ってなったら、全身脱力したままの状態で左足を上げるんだ。そしてその瞬間、倒れる直前に自然と右足が少しだけ曲がる。その瞬間、全身の力を爆発させるように、軸足で地面を蹴るようにするんだ」
カレンの体がゆっくりと傾き、左足を少し上げた。右足の膝が曲がった瞬間、全力で地面をけった。
「にゃ!?」
気が付いたら、カレンの体が数歩先にいた。とはいってもラルカの鶻影に比べて移動距離も速度も遠く及ばないが。それでも初めてでここまでできたのは、カレンが今までの修練で磨いてきた基礎があったからこそである。
「すごいすごい、カレンやっぱり才能あるよ!一回でここまでできるなんて!」
「そ、そうかにゃ?」
照れくさそうに頬をぽりぽりとかく。
「今のを目を開けて、闘気も使って、そしてなるべく早くやるんだ。あとは練習あるのみだよ!」
「う、うん、やってみるにゃ。でも、こんな技、活殺自在流にあったかにゃ?」
「あ、これは活殺自在流じゃないよ。剣術の技なんだ」
「で、でも、良いのかにゃ。他の流派の技を勝手に教わって」
「だいじょうぶだよ。じいちゃ・・・闘神様も、いろいろな流派を教わって、活殺自在流を創設したんだから」
これはラルカがジンブ本人から聞いたので間違いはない。
「そっか、ならいいのかにゃ。この技すごいにゃ、一瞬で間合いを詰めることができるにゃ」
「うん、さっき言った気弾と合わせて使うと、遠近自在に間合いを取ることができるよ」
ラルカが再び鶻影を披露する。
「でも、カレンのは発動まで時間かかりすぎるにゃ」
「大丈夫、練習あるのみだよ。さ、一緒にやろう?」
ラルカが右手を差し出す。カレンは一瞬躊躇したが、笑って右手を差し出した。少しだけ、ほほが赤くなっていた。
五日後、武術訓練の時間に、再びカレンとライラの試合が行われることになった。カレンはほんの少しの緊張を感じていたが、それ以上にこの時が来るのを楽しみにしていた。試合場に入ると、ラルカをちらりと見て、拳を軽く握った。ラルカはにこにこしながら手を振っている。
(・・・おめでたいやつらだ)
対するライラの顔には怒気が混じっていた。自分は今まで血のにじむような努力を重ねてきた。努力も、覚悟も、捨ててきたものも、誰にも負けない。そんな自分が、修行を楽しむなんて甘っちょろいことを言っている奴らに負けるわけがない。
(じゃなかったら、わたしが今までしてきたことは、いったい――)
一瞬悲しみの風が胸を駆け抜けた。しかし、ライラはそれに気付かないふりをし、試合相手を見据えた。
「始めっ!」
審判であるヒショウの合図で二人が構えた。ライラはいつも通り大斧を上段に構えている。対するカレンは、間合いを取り、闘気を左手に集中させた。
「?」
ライラとヒショウが疑問に思う間もなく、カレンの左手から気弾が放たれた。
「くっ!」
ライラはそれを何とかかわすが、カレンは再度気弾を放つ。ライラは今までとは違うカレンの攻撃に戸惑いつつも、冷静に気弾をかわしていく。
(なるほど、咆掌破か。確かに闘気の量が多いカレンにはあっているかもしれん。だが、今のままではよくて膠着状態だぞ)
ヒショウの指摘通り、すでにライラはカレンの気弾に対応していた。かわすだけではなく、闘気を込めた大斧ではじいて、間合いを詰める。するとカレンが再度間合いを離す。
(いい距離を保っているが、このままでは闘気が尽きて、またライラ君の勝ちになるな。まあ、ラルカ君に訓練を頼んでまだ数日だ。新たな戦術ができただけでも大したものだ)
ヒショウの考えがわかったわけでもないだろうが、ライラも無理に間合いを詰めることをしなくなった。この間合いではこちらの攻撃も届かないが、相手の攻撃も当たることはない。ライラは次に来た気弾を軽くあしらうように大斧で上にはじいた。それは油断と言うほど大げさなものではない。試合中安全な間合いで、体力の消耗を抑えるために無駄な動きを嫌っただけだ。だが、カレンはライラの両足が棒立ちのようになったこの瞬間を、試合が始まってから、否、開始前から、ずっと待っていた。
(今こそ!)
カレンが一瞬で全身を脱力させ、次の瞬間には一気にライラの眼前まで移動した。
「な!」
本来中立のヒショウが思わず声を出した。ラルカ直伝の鶻影を、カレンはたった数日で、実戦で使用できるレベルまで習得していた。ラルカのそれに比べまだまだ未熟ではあるものの、カレンが相当努力をした証拠だった。
「くっ」
ライラは反射的に大斧を横に構え、防御の体制をとった。一瞬でガードをとれるライラの反射神経にもヒショウは驚いた。しかしカレンはそれさえも予測していた。
(ライラ、あなたはほんとにすごいにゃ)
ある意味カレンはライラを信じていた。鶻影で意表をついても、簡単に隙は見せないと。カレンはガードを固めるライラに、さらに一歩間合いを詰めた。
「えっ」
「はあっ!」
カレンはライラの右手首を左手でつかんだ。ライラは思わず手を引いた、と思ったら、空中に投げ出されていた。
「!?」
「おおっ!」
見ていた生徒たちも声を上げた。ライラが回転しながら宙を舞う間、カレンは右手に闘気をため、ライラが落ちてくると、ライラの腹部に右掌をあてた。
「はあっ!!」
「ぐはっ」
掌から放たれた闘気がライラの体を突き抜けた。ライラの体が地面に落ちると、そのまま腹部を抑えて動かなくなった。
「それまで!」
ヒショウの声が引き渡ると、歓声が上がった。今まで無敗のライラに初めて土がついたのだから無理はない。カレンは膝から崩れ落ち、しばらく呆然としていたが、
(・・・勝った)
カレンの全身に喜びが満ち溢れていた。ヒショウを見上げると、カレンに優しく微笑んでいる。その目が、よくやったね、と言っているようだった。
「ラルカ、ありがとうにゃ!ラルカの教えてくれた技で、勝てたにゃ!」
カレンが腕をぶんぶん振ると、ラルカも手を振り返してくれた。
(素晴らしい。たった数日で、あのような歩法を身に付けるとは。だが、あの投げ技も見事だった。あれほど完成度の高い“叢雲”を見るのは久しぶりだ)
叢雲とは、カレンが使用した投げ技のことである。それ自体でダメージを与えるのではなく、大きな隙を作り出すことを目的にした技で、相手の力を利用し片手で空中に投げ飛ばす。難易度が高い技で、カレンに教えた師であるヒショウ自身もあそこまできれいに決めることは難しい。
(ラルカ君、ありがとう。カレンも、よく頑張ったね)
今だけ教師ではなく、父のような眼でカレンを見ることを許して欲しい、とヒショウは心の中でヨミに詫びた。
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