少年、決意の日③
「ラルカっ!?」
「我が君!?」
ライラとジュリアンがラルカの元に駆けつける。ライラがラルカの身体を抱くと、驚くほどに冷たくなったことに気付いた。耳をラルカの口元に当てる。
「・・・息、していないぞ」
「い、いかん、マナ切れだ!!」
体内にあるマナは魔法を使うための動力以外にも、肉体、魂、精神を繋ぎとめる鎖のような役割も果たす。マナがないとそれらがバラバラになり、無傷のまま死に至る。魔法の過剰使用が危険なのはそのためである。だが、その真実を知っているものは少ない。ただ、マナが切れると命の危機になることを知っているだけである。
「ラルカっ!!ラルカ!!しっかりしろ!!気を確かに持て!!」
ライラの悲鳴のような声がこだまする。だが、ラルカは返事どころか息もしない。
「どどど、どうすんだべ。マナ切れだったら、オイラ達のマナをラルカに移せねんだか!?」
「それができるのであれば、とっくにそうしている!」
ジュリアンが珍しく狼狽している。ヒショウやポール、騎士団たちも慌ててラルカの元に集まる。
「こ、このままではまずい、すぐに治癒魔法を掛けなければ。この中に使い手はいるか!!」
マナ切れを治すためには治癒魔法やポーションによって、マナを移行すればよい。この場合治癒の効果は必要ではないが、最も効率がいい方法がそれである。ヒショウの叫びに近い声に、シスター三人が急いでラルカを取り囲み、詠唱を始めた。
――――我が救済の心、光となり辛苦を取り払い給え
「強化治癒」
三人のシスターが治癒魔法をかける。三人とも必死の形相だ。彼女たちにとってもラルカはこの世で最も神に近い存在である。自身の命を懸けてでも、助けることに迷いはなかった。
「・・・っ、はあ、はあ、はあ」
三人が必死で治癒魔法をかけ続けたところ、ラルカが息を吹き返した。
「や、やった!!でも、こ、これで大丈夫なのか!?まだ、苦しそうだぞ!?」
「いったん、学園の治癒室へお連れ致そう。我は先に学園へ戻り、ナイチンゲール教諭に事情を説明いたす。フロイラン・カレンはリリ殿たちを任す。フロイラン・ライラ、ゴンゾ殿、我が君をよろしく頼む!」
「ああ、任せろ!!」
「わ、わかったにゃ」
その言葉を聞き終わるのを待たず、ジュリアンが教会を飛び出す。ライラは苦しそうなラルカを背負った。
「大丈夫だ、安心しろ、ラルカ。すぐにベッドに連れて行ってやるからな」
なるべくラルカを動かさないように、かつ急いでライラはジュリアンの後を追った。慌ててゴンゾも続く。
「ね、ねえ、カレンおねーちゃん、さっきの人、どうしちゃったの?何で、リリにあやまったの?」
「リリ、何にも覚えてにゃいの?」
カレンの言葉に、リリは「うーん」と頭を抱えた。
「うんとね、カレンおねーちゃんから薬をもらったあと、ユンとフウにいそいで届けなきゃって、走ってたの。そしたら、知らないおじちゃんに声かけられたの」
「知らないおじちゃん?」
カレンとヒショウ、ポールが顔を見合わせる。騎士団の二人も真顔になり、耳を傾けている。
「そしたら、そのおじちゃんが、薬のひとつがまちがっていたから、こうかんするようにって、ヒショウさんに言われたって。それで、いっこ交換したの」
騎士団副団長がヒショウの顔を見ると、ヒショウはいぶかしげな表情で首を横に振った。
「あ、あのおじちゃんだよ」
リリが、まだ腰が抜けている神父を指さすと、全員が神父を見た。
「ひ!ち、ちがう、わ、わたしは無実だ!」
視線を受け、神父は震えて否定する。その視線のひとつが、急激に殺意を帯びてきた。
「貴様ぁ!どういうことだ!!申し開きがあるなら、してみるがいい!!」
ヒショウが怒髪天で神父に近づいていく。左手には人ひとりなど簡単にバラバラにするほどの強力な闘気をためていた。慌てて副団長とポールが羽交い絞めにした。
「し、支部長殿、お、お待ちを」
「ひ、ヒショウさん、い、いったん落ち着きましょう。暴力はまずいです」
二人掛かりでもヒショウを止めるには実力不足で、二人を引きずったままヒショウは神父に近づいたが、手が出る直前、何とか落ち着きを取り戻した。
「支部長殿、申し訳ない。ここは騎士団にお任せいただけないか。真相を明らかにするために、奴にはきっちり取り調べを行いますので。――そう言うわけだ。司祭エンリコ、王城まで来てもらおうか」
「ひ、ひいいっ」
副団長の冷たい視線に、神父が悲鳴を上げる。
「クラウス、君はこのことを王城へ行って報告するんだ」
副団長がもう一人の騎士に告げる。
「は、ど、どなたに?」
クラウスはまだ動揺しているようだ。これほどの出来事を目撃したのだ、無理もないだろう。
「団長・・・いや、陛下だ。陛下に直接上申せよ。たとえどんな状況でも最優先で必ずお伝えするのだ、行け」
「は、はい」
クラウスはすぐに教会を飛び出した。
「支部長殿、申し訳ないのだが、リリ殿にもお話を詳しく聞く必要がある。すまないが、王城に来ていただくことはできないだろうか。無論支部長殿も一緒で構わないし、食事も寝床もこちらで用意いたす。君たちも来るかい?王城のお菓子はおいしいよ?」
副団長がユンとフウに笑いかける。ヒショウは副団長に対する視線を、やっと和らげた。騎士団全体はともかく、彼自身は獣人たちに差別的な感情は抱いていないことが伝わったようだ。
「わかった。但し、リリの健康状態を最優先にしていただこう。聴取には私も同席する。よろしいか」
「もちろんです」
副団長がはっきりと頷き、ヒショウもうなずいた。話を聞いてもよく理解できず、きょとんとしているリリを、背後からカレンが抱きしめた。
「カレンおねーちゃん?」
「リリ、何にも心配することはないにゃ。何があっても、カレンが守るにゃ。ね、ヒショウさん」
眼に涙をためたカレンが、ヒショウに微笑むと、ヒショウも遅れて微笑みを返す。
(私は、教師失格だな。生徒に教えるどころか、教えられてばかりだ。ラルカ君、本当にありがとう。どうか、無事でいてくれ)
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