少年、決意の日②
――――天上は光の国、光の神、光の大地、今一人の御霊がまさに召されんとす。朗々と聖歌が歌われ、慟哭が地を切り裂き、憐憫が雨を降らす。
ラルカが言の葉を紡ぐ。ラルカに巡るマナが光に近い速さで循環する。
――――開闢よりおわす、世界に満ち溢れし力を創りし君よ、その聖なる御手にて恩寵を賜らん。
シスターたちにどよめきが起こる。ラルカの言葉は聖輪教に身をささげるものは皆知っている。だが、その言葉を聞いたものはいない。この言葉は、奇跡を起こした聖人しか唱えることのできない言葉だからだ。
――――空と大地と海の守護者、黄金のごとき徳高き御方様方、慈悲深き御心にて我が無礼、どうか御容赦を。
ヒショウや列席者たちは、何が起こっているかわからない。ただただ、ラルカのマナに圧倒され、声も出せないでいた。
――――この世に生まれし者を、すべて等しく裁く偉大なる王よ、今一時の猶予を頂戴したく存する。
ライラたちは、瞬きすら忘れ、ラルカを見つめる。今から始まることを、決して見逃さぬように。何が起こるかも知らず、ただ、眼を閉じることを恐れた。
――――主に愛されし聖女エリステルが第一子、ラルカがマナを献上いたします。これなる憐れな神の子に、再びの生を赦し給へ。
その言葉に、ライラ以外の全員が雷を討たれたような衝撃を受けた。だが、その衝撃はさらなる大きな驚きで上書きされることになる。
「復活」
瞬間、ラルカの全身を巡っていたマナがリリの遺体へと注がれる。棺からは地上に太陽が出現したと錯覚されるほどの光とマナが放たれ、ラルカの結界を突き破った。光、マナは時さえも越える。それは教会から溢れだし、王都の人々が眼をくらませた。教会の中にいる全員、視界を奪われた。とても目を開けていられる状況ではない。が、やがて光は徐々に弱まり、あれほど強大だったマナもどこかへ消えていた。
「い、今のは・・・?」
誰がつぶやいたのかもわからない。全員、自分の身体を見、そして周りを見渡した。先ほどと変わった様子はない。
「ん・・・」
誰かの声がした。小さい女の子の声だった。
「あれ?」
全員、棺を見て言葉を失っている。
「おはよう、リリちゃん」
「お、おはよう。みんなどうしたの?ここ、どこ?」
リリが棺から起き上がり、周りを見渡す。皆、今の光景が信じられない。当然だろう、起きるはずのないことが起きたのだから。
「い、生き返った・・・」
ライラは、自分の発した言葉が信じられなかった。今まで数々ラルカには驚かされてきた。だが、本日のそれは今までの驚きを合わせても足りぬほどの衝撃であった。まさに奇跡。神の御業。その言葉は決して大げさではない。その強烈な現実を見て、全身に力が入らず、自身の身体さえ存在が感じられない。夢を見ているような、現実感の無さ。高熱にうなされているときような、思考がまとまらない感覚。空を飛んでいるような、孤独な不安感。それらがごちゃ混ぜになり、自分が今ここにいることすら確信が持てない。だが、それはライラに限らず、今この場にいる全員が同じ感覚だった。
「ま、ま、ま、まじか。ラルカの奴、聖女様の子って」
思わずゴンゾは後ずさりした。途中でつまずいて、尻もちをつく。友達として、同じ部屋に住む仲間として、この中で最も多くの時間を共にしてきたゴンゾだが、ラルカの姿が今までとは違って見える。
「我が君・・・」
ジュリアンがラルカを見る目は、元から崇拝の域に達していた。が、今はそれすらも超え、すでにラルカを神と同一視しているところまで来た。ジュリアンは神を直視する無礼を恥じるように、片膝をつき、首を垂れた。ラルカを見続けていると、その神聖にあてられ目が焼け焦げてしまう、と本気で思った。
「ね、ねえ、カレンおねーちゃん、ユン、フウ、ここ、どのなの?」
死から甦ったリリは、周りを不思議そうな目で見渡している。そんな彼女を見て、驚きよりも喜びが上回ったものたちがいた。
「うわーん!リリぃー!」
「リリちゃーん!」
「うにゃにゃにゃにゃぁあーん!」
ユン、フウ、そしてカレンがリリに抱きつく。三人ともわんわんと大声で泣きだした。みんな頭が驚きと喜びで混乱し、泣くことしかできない。
「え、え、どうしたのユン、フウ。カレンおねーちゃんまで」
だが、泣かれたリリは訳も分からず戸惑っていた。
「き、奇跡だ、奇跡が起きた。聖サミエ様と同じ神の御子だ」
ポールが漏らした言葉に、異を唱える者は誰もいない。最上級聖魔法復活は、この世に存在する魔法の中でも最高難度の魔法である。歴史上、この魔法の成功例は二回しかなく、そしてその使用者二人は、どちらも聖人として崇められている。その一人が聖サミエであり、彼は聖輪教の信者にとって神に等しい。
「あ、あ、ありえん。復活など、あろうはずがない。ましてこのような子供が」
神父は震える声でそうつぶやくのがやっとだった。口を金魚のように開閉させている。
「おお、なんと・・・いう。使徒、様・・・」
シスターたちはラルカに跪いて祈りをささげた。教会から正式に列聖されていない者を使徒と呼ぶのは大変な違反行為であるものの、誰もそれをとがめるものはいない。復活を使用する者はほぼ間違いなく聖人として崇められるだろう。彼女たちにとって、ラルカは教皇以上の存在になった。
「ま、まさか、本当に聖女様の、子なのか・・・?」
呟いたのは副団長だった。目の前のラルカ、生き返ったリリを交互に見る。普段冷静な副団長だったが、頭が熱く、今自分のすべきことがわからない。隣りの騎士団員はシスターと同じようにラルカに祈りをささげていた。
「り、リリ・・・」
驚きで動けずにいたヒショウも、やっと正気を取り戻し、リリに近づく。
「ね、ねえ、ヒショウさん。みんなどうしちゃったの?なんでリリの周りで泣いてるの?」
「う、うおおおおっ!!」
「ちょ、ちょっと、ヒショウさんまで泣いちゃったらわかんないよ~!?」
さらに混乱が深まるリリだった。ラルカはそれを見て、やっと笑顔になった。だがリリだけは気付いていた。ラルカの顔色が蒼白になっていたことに。
「よかった、元気になって。リリ、ちゃん、ごめん、ね・・・」
その言葉とともに、ラルカの意識は切れた。棺の前に倒れこんだ。
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