少年、奇跡の後①
「陛下、これは神託ですぞ。まさか否定することはしますまいな」
王城で勝ち誇った笑みを浮かべているのは、大司教とグズルの二人だった。王の寝室にて、今朝方受けたばかりだという神託を知らせに来たのだった。
「大司教、今一度信託の内容を」
グズルが何度でも聞きたい、と言った表情で促す。
「はい、此度の事件の真犯人はクリスティーナ・リングヴォルドで間違いないとのことでございます。神は大変お怒りで、即刻彼の者を処刑せぬと、この王国自体に神罰を下すとのことでございました」
大司教ブラバドがわざと仰々しく述べる。王と宰相、それに本日は騎士団長も同席していた。三人の顔には焦りがあった。
(この下衆が、何が神託だ。でたらめばかり言いおって)
騎士団長ハルが歯を食いしばる。口を開くと悪態が出そうで、とても発言できない。
「大司教殿、申し訳ないが、明日、今一度神託をご確認いただきたい。誰にでも間違いはあるゆえ」
宰相が苦しい時間稼ぎをする。だが、その返答は大司教もグズルも想定済みだった。
「ご心配めさるな。既に二度、確認済みじゃ。もっとも神託に間違いなどあろうはずもない。陛下のご心痛を思うと心が締め付けられますが、愛すべき臣民のため、ご英断を」
醜悪なゴブリンでさえ目を背けるような笑みを浮かべた大司教の言葉に、王も、宰相も反論の言葉が浮かばない。グズルは笑いをこらえるのに必死だった。
(くくく、どうじゃ、ぐうの音も出まい。神国ヴェレクへ使いを出すのなら好きにするがよい。三年前と同じ結果になるだけじゃ。多少金はかかったが、あの女を始末できるのであれば安いものじゃ。我が権勢はさらに盤石となる)
「陛下、大司教の仰せの通りですぞ。さ、ご決断を」
グズルも迫る。王の目に、涙が浮かび上がる。できることならこの場で二人を殺してやりたい。だが、王の立場がそれを許さなかった。
「ぐ・・・ぐ・・・」
やっと発した言葉は意味をなさない。大司教とグズルはとうとう笑いをこらえきれず、吹きだしていた。宰相が何かいい案はないか考えていると、扉の外から声が聞こえる。言い争うような声で、「誰も入れるなとの命にございます」「一大事だ。お取次ぎしろ」と言っているようだった。
「何の騒ぎじゃ」
宰相は僅かでも時間稼ぎになればいいと声をかけた。部屋を守る衛兵から、返答があった。
「騎士団第二番隊長クラウス・ハフトから、大至急取り次ぎたいことがあるとのことでございます」
宰相が王を見ると、王が力なく頷いた。心中それどころではないが、いまこの話を聞くよりはまし、との思いだった。宰相が「入れ」と告げると、クラウスが興奮した面持ちで入室した。
「何の用じゃ。今我らは大切な話をしておる。大した用件でなければ許さぬぞ」
グズルが忌々しげに吐き捨てる。せっかくのいいところだったのに、邪魔をしおって、と言いたげだった。
「どうした、そなたは獣人の少女の葬儀に出席していたのではなかったのか」
騎士団長は尋常ではない様子のクラウスの様子に疑念を持っていた。
「そ、その葬儀のことでございます。獣人の少女、リリでございますが」
クラウスはそこでつばを飲み込む。今から自分で言うことを確認し、信じられないが事実なのだ、と自身に言い聞かせていた。
「その少女がなんじゃ」
大司教がいらだちを隠せない様子で問う。
「生き返りました」
王の寝室が静まり返る。全員、あっけにとられた様子だった。普段冷静な宰相でさえ、何も言えずぽかんとしている。その静寂を破ったのは、グズルの大爆笑だった。
「ははは、何を申すかと思えば。生き返っただと?とうとう気が狂いおったか」
グズルは腹を抱えて大笑いしている。その声に我に返った宰相が、険しい表情を浮かべた。
「まさかそのような世迷言を申すために参ったのか。陛下の御前であらせられるぞ。わきまえよ」
苦言を呈す。が、クラウスは、再びはっきりと告げた。
「獣人の少女が、生き返りました。奇跡が起きたのです。神の、御業によって」
再び王の寝室が静まり返る。今度は皆、あきれている様子だった。とうとう苛立たしげに宰相が語気を荒げる。
「至急の言と聞けば、そのような妄言を。何たる無礼じゃ、冗談ではすまぬぞ。すぐに撤回し、許しを請うのじゃ。さすれば此度限りは聞かなかったこととする」
珍しい宰相の怒りに、騎士団長が慌てる。クラウスはこのような冗談を言う男ではないはずだ。
「クラウス、一体どうしたというのだ。お前ともあろうものが、何を狼狽しているのだ」
「血迷うたのであろう。とっととつまみ出せ、目障りじゃ」
興覚めした様子のグズルが吐き捨てる。が、クラウスは引く様子がない。
「冗談でも、妄言でもありませぬ!!かの少女は、生き返ったのです!!嘘とお思いなら、もうすぐ副団長がその少女を王城へ連れてまいりますので、お確かめになられればよろしいでしょう!?」
興奮したクラウスの発言に、三度寝室が静寂に包まれた。だが、それは先ほどまでのものとは異なる。クラウスの気迫に飲まれたのだ。それでも、まだ彼の言葉を信じてはいないようだが。ただ、彼が自身の言を真実と思っていることは伝わったようだ。
「一体教会で何があったのだ。聞かせてくれ」
騎士団長の言葉に、クラウスは少し落ち着きを取り戻した様子だった。
「あの少女は、間違いなく死んでいました。団長も、ご覧になったでしょう。しかし、葬儀の場で、生き返ったのです。復活によって」
「復活だと!?」
その言葉に、国王と宰相が顔を見合わせた。騎士団長も戸惑う。
「何を本気にしておるのだ。復活などと。大概にせよ。そのようなこと、あろうはずもないであろう」
「その通りじゃ。幼児でももっとまともな言い訳を申すわ」
グズルと大司教の二人は気が抜けたようだった。あと一歩で目的が達成できたところを横やりを入れられ、拍子抜けしてしまったのだった。
「陛下、いかがいたしましょう。念のため、副団長が来るまで待ちましょうか。この者の処分は、それからでも遅くないかと」
宰相の戸惑ったような進言に、国王は興味が無い様子で一言「左様せい」とつぶやいた。
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