少年、苦悩す⑧
「クリスティーナ様、お客人がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか」
夕方、食事前にメイドが客人の来訪をクリスティーナに伝えた。
「ど、どなたですかぁ?」
「騎士団長様です」
クリスティーナが「どうぞぉ」と返事をすると、メイドが扉を開き、騎士団長ハルが姿を現した。
「お食事前に申し訳ございません、クリスティーナ様」
「い、いいえぇ、お気になさらずぅ」
クリスティーナがハルを席に座るよう促す。ハルは一礼し、席に着いた。
「クリスティーナ様、ご不便はございませんでしょうか。何かございましたらお言いつけください、できる限りのことはさせていただきます」
「い、いいえぇ、お気になさらないでくださいぃ」
軽く頭を下げる。
「あ、あのう、ラルカさんたちはどうなったんですかぁ?」
「本日、釈放いたしました。ご安心を」
その言葉にクリスティーナがほっと息をついた。
「申し訳ございません、クリスティーナ様。そのご学友の方について、お伺いしたいのですが」
にこりともしないハルの言葉に、クリスティーナが怪訝な表情を浮かべる。
「あのラルカ・エルメルと言う子は、いったい何者なのですか?」
ハルの表情は疑念、と言うよりは、どちらかと言うと脅えているように見えた。
「ら、ラルカさんですかぁ?」
「はい。この質問は事件とは無関係ですのでご安心を。彼の剣技はすでに晴れております。単純に私の興味ですので」
改めて考えると、ラルカについて何も知らないことに気付いた。ラルカ自身あまり自分のことを語ることはなかった。
「ええとぉ、学長先生推薦入学でぇ、お父さんが義勇士、お母さんが神国ヴェレクの聖職者と聞きましたぁ」
その情報はハルも知っている。
「あと、剣も魔法もとんでもない実力ですぅ。学生どころかぁ、先生たちでも敵わないですぅ」
「他には?」
その言葉に、クリスティーナが考え込む。
「ごめんなさいぃ、私もそのくらいしかぁ」
「そうですか。申し訳ございません、妙なことを聞きました」
ハルが頭を下げる。クリスティーナはなぜハルがラルカのことを聞きたかったのか疑問に思ったが、たずねることはしなかった。
「クリスティーナ様」
席を立とうとしたハルが、今思いついたように呟いた。
「次期王となられる気は、ございませんか」
その言葉にクリスティーナの顔から笑みが消えた。軽く頭を下げただけで何も言わなかったが、ハルはそれだけで答えを理解した。
「無礼をいたしました。お忘れください」
やや失望した口調で別れを告げ、ハルが退出すると、クリスティーナは窓の外に目を向けた。
「アウちゃん、情けないお姉ちゃんでごめんね」
クリスティーナの呟きは誰に聞こえるともなく、空の中に消えていった。
「おかえりなさい、みんな。大変だったわね」
寮に戻ったラルカたちを、優しい笑みで迎えたのはグリメルだった。昨日騎士団に見せた鬼の形相とは正反対の、慈しみに満ち溢れた笑顔だった。
「お腹すいたでしょう?すぐに食事にするわね」
「あ、グリメルさん、カレンはいいにゃ。お腹いっぱいにゃ」
その言葉に悲しそうにゃ表情を浮かべたのはラルカだった。
「だ、大丈夫にゃ、ラルカ。カレン、お城でちょっと食べ過ぎちゃっただけにゃ。ごめんにゃ、グリメルさん。今度また食べるにゃ」
「待って、カレンちゃん」
部屋に戻ろうとするカレンをグリメルが呼び止める。グリメルは寂しげに微笑んでいた。
「ね、スープだけでも飲んでいきなさい。その方が、よく眠れるわよ?」
「カレン、グリメルさんの言う通りだ。一口でもいい。もし具合が悪くなったら、残りはわたしがもらう、な?」
優しげにライラも諭す。カレンはしばらく逡巡したが、やがてコクリと傾いた。
「・・・おいしいにゃ」
スープを一口すすると、カレンが独り言のようにつぶやいた。もう一口、さらに一口すする。グリメルは無言でカレンに、ふわふわのかに玉が乗った皿を出した。
「・・・おいしい、おいしいにゃ」
カレンは泣きながらそれを食べた。ラルカたちも無言で食べ始める。皆目じりに涙をためていた。グリメルがラルカたちが少しでも幸せを感じられるようにとの願いを込めて作った料理は、確かにその願いをかなえ、一時の安らぎをラルカたちにもたらした。
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