少年、苦悩す③
「・・・俺に言ってんのかい」
ダイガンが殺気を出す。その強さに、ジュリアンでさえ身震いした。
(こ、この男、これほどとは・・・!この我が、一歩も動けん・・・!)
(ま、まずいにゃ、ライラ。こいつには、こいつにだけは、逆らったらいけないにゃ)
(あわわわわわわ)
「嬢ちゃん、今すぐ謝るなら聞こえなかったことにしてやるぜ」
「それはこっちのセリフだ。先ほどラルカに言ったこと、今すぐ取り消せ」
ダイガンの殺気が一段と強くなる。それはまるで暴風に当てられたようにすら感じるほどだった。だが、ライラは一歩も引かない。
「ラルカがやったことは正しいことだ。だが、それを汚そうとした奴がいる。お前のさっきの言葉は、その汚そうとした奴をかばうことだ。撤回しろ。そしてラルカに謝れ」
「死にたいか」
「やってみろ、わたしは学園の生徒だぞ。学長が戻ってきたら、仲間もまとめて学長に皆殺しにされるぞ」
その言葉を聞いたダイガンが、ふん、と鼻で笑った。
「威勢がいいと思ったら、そういうことか。とんだ卑怯もんだな。結局はヨミの影に隠れてるだけか。興覚めもいいとこだ」
ダイガンがライラを侮蔑の表情で見降ろし、背を向け立ち去ろうとした。
「わたしが卑怯者なら、お前は臆病者だな」
その言葉に、ダイガンが立ち止まる。
「お前でも学長は怖いか。だからわたしに興味を失ったふりをして、逃げるんだろ?大した演技力だな。役者にでもなったらどうだ?」
振り向いたダイガンの表情を見たジュリアン達は、金縛りにあったように動けなくなった。悪鬼、いやこの世の憤怒すべてを凝縮したような恐ろしい形相だった。ゴンゾとカレンは、恐怖の感情が極まると、体が震えるわけではなく動けなくなることを初めて知った。
「・・・望みどおりにしてやろう」
ダイガンが背中の大剣に手をかける。ジュリアンたちは恐怖で凍りつき動けない。だが、ライラに動揺は見られず、むしろ小さな笑みを浮かべた。
(・・・?)
「どうした、弱虫が。違うというなら、殺してみろ。ま、お前のような見掛け倒しの木偶には無理か」
(こいつ・・・)
ダイガンはじっとライラの目を見た。一切の揺らぎがない。恐怖も感じていないようだ。
(・・・そうか。そう言うことか)
ダイガンの心から怒りが抜け、代わりに沸いてきた感情は、称賛であった。
(やれやれ。大した嬢ちゃんだ。脅されてたのは俺ってことか)
ダイガンはふ、と笑みを浮かべ、大剣から手を放した。
「すまなかったな、坊や。言いすぎちまった。許してくれ」
驚いたのはライラだった。こんなあっさり謝るとは思わなかった。ジュリアンたちも、驚いてダイガンを見ている。
「これでいいかい、嬢ちゃん」
「あ、ああ」
ライラも戸惑っている。それを見て、ダイガンは機嫌がよさそうに笑った。
「何だその顔は、嬢ちゃんがやれって言ったんだぜ。まるで俺が謝らねえって思ってたみたいじゃねえか」
まさに思っていなかったのであっけにとられた。ここまでダイガンを挑発して無事に済むとは思っておらず、少なくとも腕の一本くらいは失うと思っていたのだが。訝しげにダイガンを見る。
「勘違いするなよ。別にヨミが怖くなったわけじゃねえ。嬢ちゃんに感心したのさ」
ライラがどうあがいても、ダイガンに勝てる見込みは万に一つもないだろう。だが、それでもライラは、先ほどの言葉が許せなかった。自分ではかなわないから、ヨミを頼るという、ダイガンが卑怯と言うのも間違いではない策を使った。ダイガンが称賛したのは、その策を成功させるために差し出した代償が、自らのプライド、及び命であったということだ。ラルカに対する否定の言葉を吐いたダイガンが許せず、それらすべてを捨てても、報いを受けさせようとした。ただ一言、詫びさせるために自分の名誉も生涯もささげた。その気高い精神にダイガンは心から賞賛を送った。万一ダイガンがライラを殺していたなら、ダイガンはライラの気高さに敗北したことになる。
「この俺にあんな啖呵切るような奴はいなかった。俺の殺気を受けて、逆に睨み返してきた奴もいなかった。嬢ちゃんはまだ子供だが、その覚悟は一流だな。大したもんだ」
ライラが動転する。ただ、ダイガンほどの大物に褒められて、うれしくないわけはなかった。
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