少年、君は何をするべきか①
「出ろ、帰っていいぞ」
翌日、ラルカは軟禁されていた部屋から出ることを許された。二日ぶりの自由の身だが、ラルカの表情は冴えなかった。
「ラルカ、大丈夫だったか」
「うん」
同様に解放されたライラが、心配そうに駆け寄ってきた。廊下の向こうからゴンゾとダニエルの姿をしたジュリアンもやってくる。さらに後方からはカレンの姿も見えた。
「我が君、変わりはございませんか」
「僕は大丈夫。みんなは?」
「大丈夫だっぺよ。メシも出てたし、色々聞かれただけだったっぺ」
「そっか・・・」
ラルカはゴンゾの後ろにいるカレンに視線を向ける。泣きはらしたのだろう、目ははれ上がっている。食事もまともにとっていないのか、二日会っていないだけなのに痩せたように見えた。
「カレン、大丈夫?どこか具合悪いところない?」
「平気だにゃ。ありがとうにゃ、ラルカ」
カレンは気丈に笑ってみせたが、作り笑いであることは明白だった。無理もないだろう、リリと一度会っただけのラルカたちでさえショックは大きかったのだ。妹同然に思っていたカレンの心痛は計り知れない。
「とりあえず、皆解放されたんだ。いったん寮に戻って、先生たちに報告しよう」
ライラがカレンの肩に手をまわし、優しく抱き寄せた。カレンはまた目に涙を浮かべたが、ぐっと我慢をした。
「うん、そうだね、一旦帰ろうか。みんな揃った――――」
そう言ったラルカが気付く。同時に皆も気づいた。
「クリスは?」
「見当たりませぬな」
「あいつだけ、違う階なんじゃないか?」
みんながあたりを見渡すが、姿は見えなかった。その時通路の先から一人の騎士が歩いてきた。
「何だ、まだ出ていなかったのか。お前たちにはもう用はない、とっとと去れ」
「あ、すみません、騎士様。クリスティーナ・リングヴォルドは何処にいますか?」
ラルカが騎士に質問すると、騎士は少しばつが悪い顔をした。
「・・・彼女は、まだ容疑が晴れていないから、帰すわけにはいかないのだ」
「え」
全員、顔を見合わせた。
「な、なんでですか」
「調査内容については口外できん。お前たちはさっさと帰れ。邪魔だ」
騎士が何かに焦るように、ラルカたちを追い出そうとする。ライラが反論しようとしたところ、ジュリアンがそれを手で制した。
「待たれよ、騎士殿。取り調べをするのは仕方がないが、あのお方に対する無礼は許さぬぞ」
ジュリアンの発言に、ラルカたちはけげんな表情を浮かべる。
「言われるまでもないわ」
「メイドはついておるのか」
「二名いる」
「食事にも気をつけていただこう。あのお方は肉を好まぬぞ」
「わかっておる」
「昨日は何をお出ししたのだ」
「千枚舌ヒラメのデュグレレ風と、ゆでたロイヤルアスパラだ。文句あるまい」
騎士は面倒くさそうにつぶやくと、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「ど、どうしよう。クリスがまだ疑われたままだなんて」
「落ち着け、ラルカ。一旦学園に戻って、先生たちに相談しよう」
「だな、後ギルドにも協力求めたほうがいいかもしれねえべよ。学長先生も戻ってるかもしれねえし」
「・・・あと、リリのお葬式もしてあげたいにゃ。早くきれいなところへ、何にも痛いことがないところへ行けるように、弔ってあげたいにゃ」
カレンの悲しそうな声に、みんなが黙った。
「なんだ君たち、まだいたのか」
ラルカたちに声をかけたのは、騎士団長ハル・ベルンシュタインだった。
「君たちの容疑は晴れた。もう帰っていいぞ。辛い思いをさせてすまなかったな」
ハルは柔和な笑みを浮かべた。彼は亜人族に対してやや同情的な感情を持っており、ライラやカレン、ゴンゾにも差別的な態度を取っていなかった。
「騎士団長殿、失礼だが、お尋ねしたいことがある」
帰ろうとしたラルカたちだったが、ジュリアンが突然口を開いた。
「?なんだい?私に答えられることであればよいのだが」
ハルがほほ笑む。年齢は四十を超えているはずだが、その整った顔立ちは十は若く見えた。
「クリスティーナ・リングヴォルドについて、何を隠しているのだ?」
ラルカたちが解放されたころ、クリスティーナは一人、椅子に座り部屋の外の景色を見ていた。
(久しぶりだな、ここに来るのは)
軟禁された部屋は以前に自分が使っていた部屋だった。以前のまま残しておいてくれていたらしい。家具や衣類もそのままになっている。
(なんで、リリちゃんは亡くなっちゃったんだろう。私が、悪いのかな)
目に涙がにじむ。ポーションの製造方法には間違いはないはずだった。なぜこんなことになったのかわからない。だが、彼女は亡くなってしまった。そして、自分は調査の対象となっている。
(ごめんね。リリちゃん、カレンさん、そして、ラルカさんも)
クリスティーナは祈った。せめてリリが、安らかな眠りにつくように。その時、扉の向こう側があわただしくなった。
(?)
扉が開き、メイドの一人が慌てて入ってくる。
「お、お客人がいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか」
「は、はいぃ、どうぞぉ」
メイドが扉を開くと、予想もしなかった人物が現れた。
「久しいな」
「へ、陛下ぁ!?」
国王フラウ四世は、メイドに「人払いを」とだけ告げた。メイドは退出し扉を閉じた。立ち上がったクリスティーナに席に着くよう促し、自身も向かいの椅子に座った。
「変わりはないか」
穏やかな声で尋ねる。
「は、はいぃ」
「左様か」
フラウ四世はそれきり黙った。少し気まずい沈黙が流れる。
「母は、息災でおるか」
やっと絞りだした言葉に、クリスティーナは身体をピクリと震わせた。逡巡し、答えを出した。
「お母さまはぁ、陛下を恨んでおりません」
「・・・そうか」
答えにはなっていなかったが、フラウ四世は少し安どの表情を浮かべた。
「すまぬな、不自由をさせる。が、もう少しの辛抱じゃ。必ず、そなたの無実は晴らす。邪魔をした」
フラウ四世は立ち上がり、最後にクリスティーナへ寂しげな微笑みを浮かべ、扉へ歩き出した。
「あ、あのっ」
フラウ四世が扉を手にかけたところで、クリスティーナが立ち上がり、思わず叫んだ。
「私もぅ、恨みに思っていません、お慕いしておりますぅ、お父さまぁ」
フラウ四世の動きが止まった。が、それも一瞬で、そのまま部屋を出た。クリスティーナは扉に深く頭を下げた。
「不甲斐ない父ですまぬ、クリスティーナ」
フラウ四世は拳を握り締めた。頬に流れる熱い涙は、哀れな娘への愛情の証拠だった。
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