少年、捕えられる③
「くくく、上手くいきましたな」
グズルの邸宅にて下卑た笑みを浮かべているのは、ブラバド大司教だった。
「うむ、後はあの女を死罪にするよう圧力をかけるだけじゃ。大司教、ご協力頂けるな」
「言われるまでもない」
グズルと二人でほくそ笑む。
「あの生意気な小僧どもめ、これで思い知ったであろう。五分の一伯と言われたこのわしを侮るなど、百年早いわ」
シザリオ家の所有する領土はルクスカーナ王国の五分の一を占め、これは国王直轄地すら上回る。代々のシザリオ辺境伯の当主は五分の一伯と呼ばれ、怖れられていた。
「しかしシザリオ殿、あの国王があの娘を死罪にするであろうか」
「させねばならぬ。なんとしてもな。そのために大司教殿、神託をいただきたい」
「神託か」
大司教が考え込む。神託を詐称すればほぼ確実にあの女を死罪にできるだろう。だが、ヴェレク本国から目をつけられる可能性はある。特に聖女派の枢機卿達に知られると厄介だ。だが、ここでグズルに恩を売ったほうが後々良いかもしれない。教皇やファルコ枢機卿にはまた賄賂を贈ればいいだけだしな、と判断した。
「それでは、さっそく明日祈るとしよう。だが、神託には少々お布施がかかる。さらに、ヴェレクへの付け届けも必要になる、ご用意いただけますかな?」
「相分かった」
今回の件、実行役をこちらで用意することができず、結果的に教会には大きな借りができてしまった。癇に障るが、ひとまずここは言うことを聞くしかない。
(それもこれも、あの粗暴者どもが断りおったからじゃ)
グズルが舌をかむ。その時、部屋のドアから執事の声が聞こえた。
「閣下、ダイガン殿がお目通りを願っておりますが、いかがいたしましょう」
噂をすれば、とグズルがさらに不機嫌になった。
「待たせておけ。今大司教閣下と大切なお話がある故な」
「かしこまりました」
執事が下がる。
「シザリオ殿、あの者たちは信用できるのですかな。今は従っていても、所詮は下賤の者どもですぞ」
「心配いらぬ、全く信用などしておらん。だが奴らの戦力は役に立つ。何、わしが宰相となり、今の騎士団をすべて失脚させた後は用済みじゃ。我が私兵は二万ぞ。一気に葬ってくれるわ」
グズルがほくそ笑む。それを見て大司教は背筋が凍った。
(やはりこの男は信がおけぬ。わしも消されぬようにせねばな)
だが、それを表情には一切出さず、
「ではシザリオ殿、わしはこれで失礼する。また良しなにたのむ」
「おお、気をつけて帰られよ。だれかある、大司教殿のお帰りぞ」
その声に執事が大司教の付き人とともに入室した。執事が大司教の付き人に、
「我が主より心ばかりのお土産です」
と、箱を渡す。中は見なくてもわかる、自分が地方の司教時代から何度も受け取ってきたものだった。
「いつも済まぬな、ではこれで」
大司教が退出し、長い廊下を出口へと向かう。しばらく歩くと、ダイガンが一人で向こうから歩いてきた。
(ふん、下賤の者めが)
大司教も付き人もダイガンを嘲るような視線を隠そうともしない。ダイガンは何も言わず、二人に視線も合わせることはしなかった。が、すれ違いざま、いきなり大司教の付き人を後ろから蹴飛ばした。
「ぐわっ!?」
付き人が転ぶ。執事から受け取った箱が床に落ち、中に入っていた大量の金貨が散らばった。
「な、何をするか!」
付き人が怒鳴る。
「ああ、すまねえな。少し背中がムカついたもんでよ」
ダイガンは鼻で笑い、その場を去ろうとする。
「まて」
それを呼び止めたのは大司教だった。
「今の非礼を詫びてもらおうか。我が臣への粗暴なふるまいは、このわしへの無礼であるぞ」
ダイガンが立ち止まる。振り返ると、憤怒の形相で大司教へ近づいてくる。
「な、何じゃその顔は、このわしを誰だと―――」
ダイガンは大司教の顔を掴むと、殺気のこもった目でにらみつけた。
「てめえこそ俺が誰だか知っているのか。その気になりゃ、人の頭ぐらい握りつぶせるんだぜ」
「わ、わしを殺してみろ、この国で生きてはおけんぞ。すぐに騎士団がお主を捕えに来るぞ」
「笑わせるな。騎士団なんぞその気になりゃ俺一人でも皆殺しにできんだ。嘘だと思うなら試してみるか?そのとき貴様はこの世にいないだろうがな」
大司教はやっと黙り、ダイガンは舌打ちをして彼の頭を放すと、二人は逃げるように帰って行った。
「ゴミが」
ダイガンが吐き捨てると、不機嫌なままグズルの部屋へ向かった。部屋の前にいる執事に了解を取り、扉を開いた。
「邪魔するぜ」
「何の用だ。わしは忙しいのだ。手短にせよ」
グズルが手にワイングラスを持ち、椅子に座ったまま吐き捨てた。
「あんたのしわざかい」
その言葉に、ワインを飲む手が止まった。
「何のことじゃ」
「しらばっくれるのはよそうぜ。俺たちゃすでに一蓮托生なんだ。答えてくれ。あんたの仕業なのかい」
「・・・・」
グズルが黙る。ワインを一気にあおり、口を開いた。
「お前は知らずともよいことじゃ。好奇心は身を亡ぼすぞ」
「そうか、なら聞かないでおこう、邪魔したな」
あっさりダイガンは引き下がった。グズルは拍子抜けし、再びワインをあおった。
「ダイガン殿、これを」
部屋を出ると、執事がダイガンにも箱を渡す。ダイガンはその箱を執事の顔に投げつけた。
「俺は物乞いじゃねえ、戦士だ。手柄をたてた報酬は頂くが、お恵みなんざごめんだ」
尻もちをついて呆然とする執事をしり目に、ダイガンは去っていった。
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