少年、人の醜さを思い知る②
「あとはよろしくお願いしますにゃ」
「ああ、任せてくれ」
カレンがヒショウ宅へポーションを運び、ヒショウが受け取った。最近ヒショウは笑顔も増え、どこか安堵した表情に見え、それがカレンはうれしかった。ヒショウがカレンから受け取った箱をテーブルに置くと、いきなり玄関のドアが開き、一つの小さな影が飛んできた。
「おはようヒショウさん。あれ、カレンおねーちゃん!」
入ってきたのは孤児のリリだった。以前ラルカたちと会った時に比べ、服がきれいになっている。ラルカやライラの寄付金でヒショウが買い与えたものだった。
「お、久しぶりだにゃリリ。みんな元気だったにゃ?」
「うん、ユンもフウも、みんな病気にならなかったんだよ」
カレンの顔に笑みがこぼれた。
「あ、これがカレンおねーちゃん達が作ったお薬?」
リリがポーションに気付く。
「そうにゃ。あ、お前たちも飲むにゃ」
「リリ、病気じゃないよ?」
「今病気じゃなくても、これ飲んでおけば予防になるにゃ」
「そうなんだ」
ヒショウが三本のポーションをリリに手渡す。
「リリ、すまないがユンとフウにも持って行ってくれ。ユンにもちゃんと飲むように言っておくんだぞ」
「うん!」
リリがドアから飛び出していく。カレンは彼女の姿が見えなくなるまでずっと手を振った。彼女たち三人が病気に苦しまずに済むことに、心から安どしていた。
「じゃあ、カレンは戻るにゃ」
「ああ、ありがとう。ラルカ君たちにもよろしく」
リリはポーションを落とさないようしっかりと手に持ち、三人が住む小屋へ走っていた。カレンはリリたちにとって誇りだった。スラムへ多額の寄付をし、無償で多くの病人を救ったカレン達こそ英雄だった。一刻も早くユンとフウの二人に薬を届けたいと思い、落とさないように気をつけながら帰路を急いだ。
「そこのお嬢さん、ちょっといいかな」
しわがれた声に、リリは足を止めた。
「じゃあ、みんな、お疲れ様。かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
ラルカの声に、全員マグカップを掲げる。中にはオレンジを絞ったジュースが入っていた。水以外の飲み物は通常寮ではほぼ出ないが、ラルカたちのため、グリメルが奮発してくれた。
「ありがとうにゃ。ラルカ、クリス、みんな。スラムでだれも死んだ人が出なかったのは、みんなのおかげにゃ」
「馬鹿、何泣いてんだ。今日はめでたい日だろ」
「そうですよぅ。それにぃ、私がしたかっただけですからぁ」
カレンは目をこするが、なかなか涙は止まりそうになかった。
「うふふ、みんなお疲れさま。おばちゃん張り切って作ったから、じゃんじゃん食べてね」
グリメルが自慢の料理を次々にテーブルに並べる。肉料理、魚料理、サラダにスープと普段とは考えられない贅沢なメニューだった。ラルカたちの活動に感激した彼女?が、自腹を切って用意したごちそうだった。
「あ、これ、もしかしてケンキタチン!?」
鳥型の魔物のフライを見たラルカが驚きの声を上げた。
「あらラルカちゃん、よく知っているわね」
「ケンキタチンってなんだべ?」
「すごい珍しい魔物なんだ。なぜか特定のスパイスの材料になる植物しか食べない鳥型の魔物で、肉に初めからスパイスの味がついてるんだ。すっごい美味しいんだよ!!」
ラルカは魚より肉料理を好む。よだれが落ちそうになるが、
「でもいいのかな、僕たちだけこんなご馳走食べて」
「いいのよ。ラルカちゃん、あなたたちは立派なことをしたんだから、胸を張って食べなさい。正しいことをしたら報われなくちゃいけないの。食べなかったら、おばちゃん哀しいわよ?」
その言葉に、ラルカがかぶりつく。ジューシーな鳥の味わいが口いっぱいに広がる。頬が落ちそうな様子を見て、ゴンゾもかぶりつく。途端ラルカと同じ表情になった。
「す、すごいにゃ、哿韻の料理もあるにゃ!!!」
カレンが見つけたのは母国の料理である。チャーハンや八宝菜、ニラ玉など庶民的な物ばかりだったが、カレンの母が生前得意としていた料理ばかりだった。カレンの笑顔を見たグリメルは、ヒショウにカレンが好きなものを相談ししていたかいがあったと思った。
「ほお、これはパールキャビアではないか。久方ぶりに見たな」
舌が肥えているジュリアンも感心したようにつぶやいた。真珠のように光沢がある黒い粒が白身魚の上でその存在を際立たせている。王侯貴族でもなかなかお目にかかれぬ最高級の食材である。貴族出身のクリスティーナやダニエルへ配慮したものだった。
「ワインが欲しくなるな」
「ダメよダニエルちゃん。もっと大きくなってからね」
グリメルの言葉にジュリアンが首をすくませる。なぜか彼女?には逆らう気が起きない。
「でも、そのエスプーマはたっぷり白ワインを使っているわ。もちろんアルコールは飛んでいるけど。お口に合うと思うわよ?」
ジュリアンが白身魚ごとキャビアを口に運ぶ。
「ほお・・・!」
彼には珍しい恍惚の表情を浮かべた。彼の長い人生でもこれほどの味を出せる料理人は久しぶりだった。グリメルは寮ではあまり高級な食材を使わず、庶民的な料理を作っているが、元々は超高級料理店を経営していた。その腕前は世界でも有数だった。
「しかしよかった。幸い一人も死者は出なかったようだ。明日から授業も再開されるし、日常生活に戻れるな」
「はいぃ、でも、ポーション作りも楽しかったですよぅ。何しろ皆さんのお役に立てることですからねぇ」
「うむ、全ては我が君のご威光のたまものだ」
ライラ、クリスティーナ、ジュリアンが話している合間に、ラルカとゴンゾとカレンは料理をがつがつとほおばっている。そんな三人をみて、追加の料理を急いで作らなければ、とキッチンに戻ったグリメルは、エプロンのひもを占め直し、
「やれやれ、もっと味わって食べてほしいわね」
と言いながら、その顔は喜びに満ち溢れていた。
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