少年、舌戦でも圧倒す。・・・だが⑤
宰相が確認する。この中で古語であるサピア語を読めるのはラルカとジュリアン、そして宰相だけだ。
「あ、あっております、間違いございません」
宰相はラルカの知識に舌を巻いていた。
(これほどとは)
記憶力、論理的思考、そしてこの舌鋒。本当に十二歳なのだろうか。魔女のように長き時を生きた怪物と言われたほうがまだ納得できる。
(本当に何者だ)
疑問には思うが、ここで問いただすことはできない。
「これは”御子の嘆き”と呼ばれる挿話です。聖サミエは誰よりも深い愛を持ち、それゆえ苦しみ、過ちを犯し、それでもなお人は同じであり、自身も人であり、悪人も人であり、すべての人を愛すと誓うのです。聖サミエでさえ過ちを犯します。教皇聖下が過ちを犯したところで、恥ではありません。大司教閣下、いかがお考えか」
「ぐ、ぐ・・・」
「神国ヴェレクでも、先ほどの聖書を廃止し、原本に戻すべき、との声がございます。例えば先ほどもお話に出ていたドミニコ枢機卿猊下、カンパネラ枢機卿猊下、ああ、モスカ枢機卿猊下も賛成だったかと」
カンパネラ枢機卿はエリステルと面識がないころから支持を表明しており、かなり早い段階からエリステルの破門を解くよう教皇へ進言していた。枢機卿の中では革新派であり、人気も高い。モスカ枢機卿は立場としては中立に近いものの、現在はやや聖女派に転じている。ただし、純粋にエリステルの思想や行動を支持しているドミニカ枢機卿やカンパネラ枢機卿とは異なり、近年関係が悪化している獣人の国哿韻やギルドとの関係を改善するためと言う政治的理由からではあるが。
「ぐ、ぐぬぬ」
「さらに、聖女エリステルは人も、獣人も、エルフも、ダークエルフも、ヴァンパイアも、全て本質は人であり違いはないと仰せです」
「な、なに!?」
聖女の名前に謁見の間の空気が数段階変わった。現在世界で最も影響力を持っているのは間違いなく聖女である。ラルカとしても母の名を出すことにためらいはあったが、背に腹は代えられないと判断した。
「聖女は人にも獣人にも、他の亜人と呼ばれる人々にも平等に慈悲を与えておいででした。貧しき人には財を、病の人には治癒を、孤独な人には愛を与えておいででした。また聖女は誰に対しても決して偉ぶることはありませんでした。自身も他の人々と比べてなにも変わらない、全て神の子であり、違いなどないと仰せでした」
「だ、だまれ、勝手に聖女の言葉を捏造するなど、とんでもないことだ」
「お疑いなら神国ヴェレクに行かれてはいかがでしょう。かの国では先程の聖女の言葉は子どもでも知っております。もしよろしければ、ドミニコ枢機卿猊下に招待状を書いていただくようお頼みしましょうか。恐れ多くもドミニコ枢機卿猊下には懇意にしていただいておりますゆえ」
「く、くく・・・」
「うぬぬ・・・」
ブラバド大司教もグズルも、もう言葉を発することができない。顔を真っ赤にし、唸るような声を出すだけだ。
「もうよい」
そこに響いたのは国王の声だった。ラルカはさっと頭を下げる。
「審議は終わりじゃ。この者たちには罪はなく、よって罰もない。しかしながら、教会にも立場があることは理解しておる。よって、その方らは王都内壁内の居住区に配ることは許さぬ。それ以外には好きにするがよい。それでよいな」
うまい採決である。ラルカたちは今までとほぼ活動内容には変わりないが、教会に対し配慮した形になる。教会としても購買力のある富裕層の多い内壁内へポーションを販売できるため、利益は十分あげられるだろう。しかもこれは王の裁定であり、一応は貧民街に配布しないことに対する名分も立ち、不満の声を和らげることもできるだろう。
「は、御意にございます」
「では、これで審議を終える」
宰相の声とともに騎士がラッパを鳴らし、国王が退場する。その後騎士がラルカたちを謁見の間の外へうながした。退出するラルカを悪鬼のような形相でにらむグズルとブラバド大司教の顔を、ジュリアンが横目で見ていた。
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