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一度世界を救った少年は、再び世界を救う!?  作者: 長月楠


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少年、舌戦でも圧倒す。・・・だが④

「そのようなこと、聖書に記載されておりませぬ」

 広げた両手は、国王たちへのアピール、そしてライラへのメッセージだった。はっとしたライラは感情を抑え込むため、舌を噛んだ。口の中の鉄の味が、ライラに冷静さを取り戻させる。ジュリアンが心の中でほっと息をついた。

「なんだと!貴様、何と申した!取り返しがつかぬぞ!」

 大司教が叫ぶ。怒りの表情だが、内心は笑っていた。罠にはまりおって、しょせんは子供だな、と。国王、宰相、騎士団長がまずいといった顔をした。グズルがいやらしい笑みを浮かべ、勝ち誇った顔を騎士団長へ向ける。

(ライラ殿は耐えたようだな。あぶなかった。だが、危機は変わらぬ。彼女を抑えるためとはいえ、今の発言は危うい)

 ジュリアンが冷や汗をかく。

「陛下、お聞きになりましたか。この者、聖書を否定しましたぞ。異端者です。この者だけでも即刻火あぶりにしていただきたい」

「皆々方」

 先ほどより大きい声でラルカは、芝居がかったような声を出し、懐から一冊の本を取り出した。

「何だそれは」

「聖人にして神の御子サミエ様の直弟子、聖ノヘヤが書かれた聖書の原本、その写しでございます」

「な、何だと!?」

 その言葉に、謁見の間の空気が変わった。王でさえ驚きの表情を浮かべ、宰相に何か小声で聞いている。宰相も戸惑った様子で、小さく首を振った。聖書の原本が現存していることは知っており、今の聖書がそれを編纂したということも知っている。しかし、原本の写本などこの世にあるのは片手でたりるだろう。当然この国には一冊もない。

「な、なぜ貴様が、それを持っている!」

「これはドミニコ枢機卿猊下が書かれた写本です。私の母は神国ヴェレクの聖職者で、母がドミニコ猊下から直接いただいたものです」

「ドミニコ枢機卿猊下だと!?」

 ラルカはその本の裏表紙をめくり、開いて王たちに向けて見せた。そこにはドミニコ枢機卿のサインが入っている。

「ほ、本物か、確かめてみよ」

 国王の言葉にブラバド大司教がその本を手に取る。サインを見て、手が震えだした。一言も発しないが、その反応が本物と雄弁に語っていた。ドミニコ枢機卿はエリステルの師に当たる人物だ。以前エリステルは教会から破門されたことがあるが、そのときも彼女をかばい、捕縛命令が出ていた彼女を逃がす手助けもしてくれた。その罰で司教の地位を剥奪されたが、エリステルが聖女と崇められるようになり、一気に枢機卿まで登り詰めたのだった。ラルカも一度会ったことがある。かなり痩せており、実年齢よりだいぶ高齢に見えたが、暖かなやさしい目をしており、初めて会うラルカを実の孫のように可愛がってくれた。異教徒である父イズミにも優しかった。母にとっては父代わりのような人だったのだろう、彼と会った母は、普段の母とは違い少し子どもっぽく見えた。

「た、たしかに、ドミニコ枢機卿猊下のサインと思われます」

 大司教から受け取った宰相も確認し、ラルカを見る。

(何者だ。いや、それよりまずい。ドミニコ枢機卿猊下とつながりがある者を審問へかけてしまった。ヴェレクに知られるわけにはいかぬ)

 現在神国ヴェレクは教皇派と聖女派の派閥争いをしており、ドミニコ枢機卿は聖女派の筆頭とも言われている。教皇派筆頭で首席枢機卿のファルコは最近評判を落としたと聞く。仮にドミニコ枢機卿が教皇になったら、この子の処遇次第で国際問題になりかねない。国王へ視線を向けると、国王も小さくうなずいた。

「大司教閣下が仰せの聖書とは、数百年前に時の教皇ラブース4世聖下が編集したものでございましょう。原本では先ほどの文は、“神は世界に自身の現身として人をおつりになったのか”との聖ノヘヤの言があるのみです。また、別の個所にはこのような記載があります。“歩いて十日ほどかかる山を越えた先に、獣の一族がいた。彼らは獣と人を合わせた姿をしていたが、善き友であり、善き人であった”と。これが獣人のことと思われます。しかしラブース教皇が編集した聖書からはなぜかこの文が削除されています。大司教閣下、これについてはどうお思いになりますか」

 ラルカはジュリアンから現在の聖書を見せられ、それに疑問を持ったため、文学と歴史担当教諭のシバ・スノーリへ、聖書の歴史について教えを受けた。現在の聖書についてはスノーリ教諭も疑問を持っていたようで、快く教えてくれた。

「げ、原本は古語で書かれており、また内容も難しいので、庶民が理解しやすいように、編集したのだ」

「しかし、原本には人が獣と交わったとの記述はございません。なぜ、そのような追記をしたかは、私は理解できかねます」

「き、貴様は、ラブース4世教皇を侮辱する気か!」

「教皇であろうと、間違いは犯します」

 その言葉に、大司教はどこかほっとした顔をした。

「お聞きになりましたか、国王陛下。この者はあろうことか、教皇を否定しましたぞ!」

「否定などしておりません。間違いを犯すことはある、と申したまでです」

「それが否定なのだ!いいか、教皇は神の代弁者なるぞ!神の代弁をする教皇が間違いを犯すことはない!即ち、教皇の言は神の言に等しいのだ!」

「では、聖サミエ様は?」

「聖サミエ様は唯一の神の御子ぞ!それこそ間違いなどあるはずもないわ!」

「原本にはこのような記述がございます。


 “聖サミエは罪なる男に慈悲をお与えになった。しかしその男は、聖サミエの慈悲を裏切り、自身の欲望を満たした。聖サミエは嘆かれた。

「ああ、我が憐憫の情は伝たわらじ、痛恨なり」

 我は申す。

「聖サミエよ、君の深き愛は間違いなど無し、あの者、真なる邪悪、稚児のごとき未熟、人ではなき下劣、君の過ちにあらず」

 しかし聖サミエは仰せになる。

「ノヘヤよ、われは神にあらず。君と同じ、あの男と同じ、すべての人は同じ。我は悩む。我は苦しむ。我は間違う。ああ、我に君の師たる資格ありや」”


 と。お渡しした聖書第二十六章十七節に記載されております。ご確認を」

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