少年、王子と話す④
「まずいことになりましたぞ、シザリオ殿」
グズルの屋敷に珍しい客が来ていた。
「このままでは、我が教会の威信が丸つぶれになります。早急に手を打たねば」
グズルはその客をめんどくさそうに見つめている。
(何が丸つぶれだ。ただ病気にかこつけて私腹を増やそうとしているだけではないか。それにわしには何の関係もないわ)
そうは思うが、無視するわけにもいかない。ため息をつくのを我慢しながら答える。
「大司教殿、そうは申されても、我々にはどうすることもできませぬ。奴らが鬱陶しいのは同意するが、法を犯していない以上、強引な手段をとれば逆に我らが罰せられますぞ」
「うむむ・・」
グズル邸に訪れた大司教が唸る。大司教はルクスカーナ王国の教会の頂点にあたる人物だ。ラルカたちがポーションを無償で配り始めたとき、初めは子供の遊び程度にしか思っておらず静観していたが、その供給量は教会のそれを遥かに上回っていたため、せっかく作ったポーションがほとんど売れない。しかも品質においても向こうが圧倒的に上で、販売した貴族や大商人から苦情も出てきている。さらに、忌々しいことに奴らは無償で配布していたため、有料で販売している教会の評判が急速に悪化していた。
「貴公の雇っている、狂戦士の栄誉に頼めぬか?」
「以前に断られたと申し上げたでしょう」
グズルが内心舌打ちする。大司教から以前にもラルカたちの暗殺を仄めかされたことがあり、それをダイガンに話してみたが、
「俺たちは暗殺なぞチンケな真似はしねえ」
と一蹴された。
「では、王に配布をやめさせるよう圧力をかける協力をしてくれぬか。成功したあかつきには、貴公をファルコ枢機卿猊下へ謁見できるよう手配いたそう」
「ほう」
グズルはいやらしい笑みを浮かべたが、慌てて表情を隠した。
(悪くはないな。ファルコ猊下は時期教皇の有力候補だったはずだ。猊下との結びつきを強めれば、このわしが教会すら支配下に置くこともできるかもしれぬ。さすればこの男には消えてもらっても問題なかろう。こ奴は知りすぎたからな)
とは思うが、まだ早い。王子が即位してからでも遅くはないだろう。
(だが、あの王は意外としたたかだ。狂戦士の栄誉の騎士団編入もままならんし、簡単に言うことを聞かぬ。とはいえ教会へ恩を売るいい機会だしな。さて、どうしたものか)
思案していると、部屋の外から「閣下」と執事の声が聞こえた。
「なんだ、よほどの用がない限り声をかけるなと言っていたであろう」
「アウグスト殿下がいらっしゃいました」
(あの役立たずか)
グズル、大司教が同時に思う。奴が学園で首席を取っていれば王へ譲位を迫れたものを。聞けば一対一で別の生徒に完敗したというではないか。闇の子だと目をかけていたが、とんだ期待外れだ。
「お通しせよ」
少ししてアウグスト王子が来た。表情が冴えない。
「お久しぶりです、伯父上」
「おお、これはこれは殿下、また一段とりりしくなりましたな。我が国の未来は明るいぞ、なあ大司教殿」
「まったくですな。今すぐ即位しても古今に比類なき名君となりましょうぞ」
見え透いた世辞を言う。
「大司教閣下もいらしていたのですか。ちょうどよかった。お二人に話したいことがございます」
「話したいこと、でございますか?」
いつもと違う王子の様子に、訝しげに尋ねた。
「今、学園の生徒の一部が教会に無断でポーションを生成している件です」
グズルと大司教が顔を見合わせる。先ほど二人で話していたことだったため面食らった。
「その件が、如何しましたか」
「奴らのリーダーはラルカ・エルメル。学長推薦で入学した者です。協力者はダークエルフのライラ・プルメリア、ドワーフのゴンゾ・ブローム、そして汚らわしいことに、獣人のカレンという、みな下賤な亜人どもです。人間のダニエル・クリストフという変わり者もいますが」
「ふむ」
そのことはグズルも大司教も調査済みだった。
「しかし、実際にポーションを生成している者は別にいるのです。その者こそ真なる神の敵、教会へ仇なす愚者です」
アウグストの顔が憎しみに歪んだ。
「その者とは?」
「クリスティーナ・リングヴォルド」
「なに!?」
「そ、それは、まことか!?」
グズルも大司教も驚愕した。
「伯父上、大司教殿、奴らは神をも恐れぬ異端者です。教会の意向を無視し、穢れた存在である獣人どもへ数多のポーションを流しているのです。その結果、救われぬ人々も出てくると思われます。どうか、奴らに罰をお与えください」
「・・・」
「・・・」
グズル、大司教のふたりは既に王子の話が耳に入っていない。先ほどクリスティーナの名前を聞いた時から、その対策で頭がいっぱいになっていた。
「伯父上?」
「あ、ああ殿下、失礼した。よくお知らせくださった。いや、殿下の仰せはもっともだ。のう大司教殿」
「お、おお、左様ですな。殿下、その件は我らにお任せくだされ。そのものには厳しい神罰をくだしますゆえ」
「殿下、我ら今よりこの国のため、神のため、そして何より殿下のために、その者たちへどのような罰を与えるかを相談いたしますので、殿下は何もご心配なさらぬようお休みくださいませ。これ、誰かある、殿下にお部屋をご用意しろ」
執事がやってきて、アウグストを連れ出した。アウグストは退室する際、振り返らないまま、
「伯父上、兄上を殺した獣人どもと、それに与する愚か者どもを、どうか重罰に処してください」
「ええ、もちろんですとも」
グズルは満面の笑みを浮かべた。それを見た大司教が顔をしかめる。
(よく言う、盗人猛々しいにもほどかあるわ)
王子が退出した直後二人は顔を近づけ小声で相談し始めた。
「大変なことになった。まさかあの女が関わっていようとは。あの女、再び返り咲く気ではなかろうな?」
「いや、まさか。既に母親ごと追放されたのだ。騎士団長とも接触した形跡はない。とは言え厄介なことに変わりはないな。これ以上名声を上げさせるわけにはいかん」
「では、どうするのだ。手荒な手段はできぬのだろう?」
「なに、所詮子供よ。一旦王城に呼びつけ、こっぴどく怒鳴りつけてやればよい。そうすれば怖気づくわ。このわしに任せよ」
下卑た笑みを二人で浮かべた。
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