表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凶獣たちの狂宴〜闇に光を、君に祈りを〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/26

終わりと、別れ

 空が、ほんのりと白み始めていた。

 焦げ跡と血の匂いが混ざった風が吹き抜ける。木々の間から立ち上る煙は、まだ完全には鎮まっていない。あちこちでくすぶる炎、破壊された車両、汚れた教団の旗……すべてが、ここで何が起きたのかを物語っていた。




 加藤は、地面に腰を下ろしていた。

 裂けたシャツの袖口から、乾いた血が肌に貼り付いている。今頃になって、身体のあちこちが痛み始めた。拳は腫れ、肩は鈍く痺れていた。だが、それ以上に重くのしかかっているのは心の中だった。


 俺は、何がしたかったのだろう。


 最初は、己の感情を清算したい……その思いが全てであった。

 クラスの連中に、自分がどれだけ苦しんだのかを突きつけ、後悔させたかった。土下座させ、殴り蹴り、充分な恐怖を与えた上で殺す。ただ、それだけだった。極めて個人的な、イジメへの復讐のはずだった。


 気づけば、全く違う結末を迎えていた。

 銃弾が飛び交い、奇怪な宗教の信者たちが次々と人を殺していき、宇宙生物が壁をブチ破って現れ、白い仮面の超人まで降臨した。

 その最中、自分の手で何人もの命が消えていった。

 こんなことになるとは、誰が想像し得ただろうか。




 周りに転がっている死体に対しては、何の感情も抱いていなかった。

 ただ、肉の塊がそこにあるだけだ。加藤もまた、こうなっている予定のはずだった。にもかかわらず、今回もまた死に損なってしまった。

 いったい、何のために生き延びたのだろうか。


 加藤は立ち上がった。ぎしりと膝が悲鳴を上げる。

 見れば、遠くの空が赤く染まり始めている。今の加藤には、それが血の色に見えた。

 地上の人々の愚かさに絶望した神が、太陽を血の色に変えてしまった……ふと、そんなバカなことを考えた。


 その時、足元から呻き声が聞こえた。

 見ると、まだ息のある男がひとりいた。顔を血に染めたままこちらを見上げている。よく見れば、かつて同級生だった男だ。名前は、確か広本浩二(ヒロモト コウジ)だった。

 プロレス好きで、加藤に毎日プロレス技をかけてきたことを覚えている。まさか、こいつが生きていたとは思わなかった。


「助けてくれよ……頼む」


 広本は、今にも消え入りそうな声で言っていた。加藤は、しばしその目を見つめた。どうやら、この男が元同級生の最後のひとりらしい。

 こいつは、どんな人間だっただろう。加藤は、過去の記憶を探る。

 広本に関し、覚えていることは……お調子者で口が軽く、騒がしい男だった。それだけである。


「それは無理だ。お前も、俺の人生を滅茶苦茶にした中のひとりだからな。しかも、お前は口が軽い。そんな人間に、美鈴と玲奈のことを知られてしまった。あの親子のことを、よそで喋られたりネットに晒されたりすると困るんだよ。悪いが、死んでもらう」


 そう言うと、広本の額に手を伸ばした。と、彼の目に恐怖の色が浮かぶ。

 何か言いかけたが、加藤は無視して瞬時に首を捻る。

 骨の砕ける音とともに、広本は死んだ。




 そこで、加藤は振り返った。

 遠くの斜面に、美鈴と玲奈の姿が見えた。ふたりは寄り添い、ただ静かに朝を迎えようとしていた。

 だが、宇宙生物のエイドリアンがいない。親子のそばにいるものとばかり思っていた。

 あいつは、どこに行ってしまったのだろう。加藤は親子に近づき、そっと口を開いた。


「玲奈に、エイドリアンはどこに行ったのか聞いてくれよ」


 美鈴はこくんと頷き、娘の前で手を動かす。

 玲奈は、母の手の動きをじっと見ていた。やがて、自らも手話で返答する。

 やがて美鈴は、加藤の顔を見た。


「あのね、お腹空いたからご飯を食べに行ってるんだって」


「そっか。あれだけデカけりゃ、腹も減るよな。人間の死体を食う習慣がなくて良かったよ」


 言った後、クスリと笑った。その時、美鈴が尋ねる。


「結果的に、これで復讐は完了したんだね。あんたの元同級生は、みんな死んだんでしょ。今、どんな気分?」


「わからない。今はただ、ここを早くずらかりたいという思いしかないよ。警察も、すぐに異変に気づき見に来るだろう。その時は、こいつらが教義の解釈の違いから勝手に殺し合った、ってことにしといてくれ」


 そう言って笑ったが、美鈴はニコリともしなかった。


「そういえばさ、元同級生たちは誰ひとりあんたに謝らなかったね」


「そんなもん、最初から期待してなかったよ」


 そう、形だけの謝罪などいらなかった。あるのは、胸に秘めた思いを晴らす……ただ、それだけだ。


「これから何をするの?」


「とりあえず休むだけだよ。まさか、こんなことが起こるとは思わなかったからな。元同級生たちを皆殺しにしようと計画していたら、いきなり極悪宗教団体の乱入だもんな。さらに、宇宙生物まで加わりやがった。こんなの、宝くじで一億当てるより低い確率なんじゃないか」


 本当に、とんでもない話だった。こんなこと、誰が信じるだろうか。


 この復讐を遂げたら、加藤は自らの手で人生を終わらせるつもりだった。

 生きる意味を、全く見い出せない人生。過去には地獄のような記憶しかなく、未来には何の希望もない。ただ、今を生きているだけだ。

 こんな人生は、さっさと終わりにしたくなった。しかし、終わらせる前に奴らを断罪する……その思いから、今回の計画は始まったのだ。

 それが、全く予想外の方向へと進んでしまった──


 物思いにふける加藤に向かい、美鈴が口を開く。


「前に私に言ったこと、覚えてる? ボランティアの先生に救われたのなら、今度はあんたが、その先生みたいに誰かを救ってやれって言ったんだよ」


「ん? ああ、そんなこと言ったな」


「私ね、それをやることにしたよ。ひとりでも多くの子を救ってあげたい。過去の贖罪のためにもね」


「そうか。あんたにゃ向いてるよ」


「でね、亜嵐にも手伝って欲しい。一緒にやらない?」


 初めて亜嵐と呼ばれ、加藤はドキリとなった。だが、それ以上に言っていることがわからない。


「お、おい、何を言ってるんだよ?」


「あんたは、弱者の心の痛みを知ってる。絶望と孤独のつらさも知ってる。それは、私にはわからないことだよ」


 美鈴の表情は、真剣そのものだった。

 以前、黒川烈道にも似たことを言われた。うちの教団に来ないか、と。その時よりも、ずっと心はゆらいでいる。

 そんな加藤に、美鈴はなおも語り続ける。


「イジメや虐待で、心に深い傷を負った子供たちは、世の中にたくさんいる。私は、そんな子たちをひとりでも多く救ってあげたい。そのためには、あんたの力が必要なの。あんたは、そんな子供たちの気持ちがわかる。共感してあげられる。そして、救ってあげられるんだよ」


 その時、ようやく加藤は顔を上げた。


「俺は人殺しだ。あんたらの周りにいるわけにはいかないんだよ」


「確かに、あんたは罪人(つみびと)かもしれない。でも、人間は変われる。私は、誰でも生まれ変われるって信じてる。実際、私は変われたし、あんたも変われたよ。これからは、人を助けるために生きてみて。お願い、少しの間でもいい。試してみるか、そんな軽い気分でいいから」


 懇願する美鈴の目には、涙が浮かんでいる。それは直視することのできないものだった。加藤は、思わず目を逸らす。

 それでも、美鈴は諦めなかった。


「今まで、あなたは誰にも助けてもらえなかった。なのに、私たちを命がけで助けてくれた。そう、亜嵐は私たち親子を救ったんだよ。だから、今度は私が亜嵐を助ける。違う生き方を知って欲しい。本当の幸せを知って欲しいの」


 その時、加藤はようやく口を開く。


「人を殺したことのある人間ってのはな、独特の匂いがあるんだ。こいつは、一生消えない。俺が何十人の子供を幸せにしようが、慈善団体に何億寄付しようが、体に染みついた人殺しの匂いを消すことはできないんだ。そんな奴が、あんたみたいな善人と一緒にいちゃいけないんだよ」


 目を逸らしたまま、加藤は答えた。そして、玲奈の方を見る。 


「あの子が、俺のようにならないように、あんたがしっかり見てやってくれ。玲奈は、本当にいい子だ。俺がもし、玲奈くらいの歳であんな凄い力を持っていたら、大人の言うことなんか聞かず超能力で好き放題してたと思うぜ。まあ、これも母親がいいからだろうな」


 冗談めいた口調で言うと、加藤は玲奈のそばに行った。少女の頭を撫でる。

 そういえば、子供の頭を撫でたことなど、今まであっただろうか……。


「玲奈、お別れだ。元気でな。お前の人生に、幸多からんことを祈ってるよ。あと、エイドリアンにも言っといてくれ。俺は、お前のことを友だちだと思ってる。忘れない……ってな」


 言いながら微笑んだが、玲奈はプイッと横を向いた。彼とは、目を合わせようとしない。ふたりの話していることは聞こえていないはずなのだが、内容はわかっているらしい。

 そして、機嫌を損ねてしまったようだ……。

 加藤は苦笑した。


「笑顔でバイバイ、ってわけにはいかないか。ま、その方がいいかもな。俺みたいな人間がいると、あんたらに迷惑かけちまうからな」


 そう言うと、朝の山道を歩いていった。

 血と土にまみれた背中を見送りながら、美鈴は手をぎゅっと握る。止めたかった。だが、加藤の言うことも間違っていないのだ。

 それに、彼には彼の生きる道がある。


 一方、玲奈は顔を上げた。その瞳は、涙で濡れている。

 次の瞬間、少女は口を大きく開けた──


「あ、い、あ、お、う!」


 その声に、加藤は思わず足を止める。だが、玲奈はもう一度叫んだ。


「うっ、お! お、お、あ、い!」


 何を言っているのか、加藤には全くわからなかった。だが、少女の気持ちは伝わってきた。切なくも暖かく、優しいものに満ちていた。


 一方、声を聞いた美鈴は愕然となっていた。

 次の瞬間、目から涙が溢れる。やがて堪えきれなくなり、泣き崩れていた。

 玲奈は、近所の子供から喋り方を笑われてから、声を全く発しなくなっていたのだ。

 なのに今、加藤に向かい叫んだ。何と言ったのかはわからない。でも嬉しい。

 娘の声を聞いたのは、何年ぶりだろう……。


 玲奈の声を聞いた加藤は、立ち止まったまま動けずにいた。

 その時、頭に映像が浮かぶ──


 広い芝生の上で、美鈴と玲奈と加藤とエイドリアンが輪になって座っていた。三人、いや四人で笑い合いながら、おにぎりを頬張っている。

 全てが心地よい世界だった。空は青く、空気は澄んでいる。血の匂いなど漂っていない。みんな、笑顔で過ごしている。

 なんと美しい世界なのだろう──


「なんだよ、それ……」


 加藤は、震える声で呟いた。同時に、目から一筋の涙が溢れる。今すぐ振り返り、玲奈を抱き上げたい衝動に駆られた。

 次の瞬間、かつての記憶が蘇る。胸の奥にしまっていた過去の罪が浮かび上がる。自らの手で死んでいった者たちの顔。泣き叫び、命乞いをする声。断末魔の叫び。

 そして、体に染みついた血の匂い。相手の流した血で、真っ赤に染まってしまった己の手の色。

 これだけは、絶対に消すことはできないものなのだ──


「俺も、甘い夢を見たもんだ」


 乾いた声が、風に流れていった。

 自分は、愛され方も愛し方も知らない人間だ。

 それに……これまで、大勢の人間を地獄に叩き落としてきた。ここでも、何人もの人間を殺してしまった。相手が悪人でこちらを殺すために向かってきたとはいえ、それでも命は命だ。それを、自分は無慈悲に奪った。

 人殺しの自分には、浅田親子やエイドリアンらと、みんなで仲良く幸せに暮らしました……などという勝ち逃げのような生き方など、絶対に許されない。

 自分には、幸せになる資格などないのだ。


 直後、顔に獣のような表情が浮かぶ。加藤は振り返らず、静かに歩き去っていった。

 

 ふと、頭の中にある男の映像が浮かぶ──


 なあ、黒川烈道さんよう。

 あんた、最後の最期まで笑ってたな。闘うことが、本当に好きだったんだな。

 最初に会った時、俺はあんたをイカレてるって思った。

 でも、今になってやっとわかった。

 俺は、神の子なんて大層な代物じゃない。でも、あんたと同類なのは間違いないよ。

 誰かに必要とされたいなんて、これまで考えたこともなかった。

 あいつらの優しさも、赦しも、俺には眩しすぎるんだよ。

 俺は、美鈴や玲奈とは生きられない。あの親子のそばには、いてはいけないんだ。

 あいつらと手を取り合って生きる未来なんか、俺には許されないんだよ。

 だからさ、俺も闘い続ける。自殺なんて、もう絶対に考えない。

 俺は、あんたみたいな生き方はできない。でも、あんたみたいに闘って死ぬよ。



 

 去っていく加藤を見つめていたのは、美鈴と玲奈だけではなかった。

 いつの間に戻ってきたのか、エイドリアンが大木の陰に潜んでいたのだ。彼らの別れを、興味深そうに眺めている。

 その口が動いた。同時に、声が漏れる。


「ア、リ、ガ、ト、ウ。ズッ、ト、ト、モ、ダ、チ」


 これが、玲奈の言っていた言葉だ。そう、エイドリアンにはちゃんとわかっていたのだ。

 その後、こう続けていく。


「レナ ママ カトウ。ミンナ エイドリアンノ トモダチ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ