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凶獣たちの狂宴〜闇に光を、君に祈りを〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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闇に光を、君に祈りを

 それから三年後──




 浅田美鈴は、白戸市の市民会館の壇上に立っていた。


 彼女は一時、話題の人となったことがあった。ガイア救済教会の信者集団死亡事件における、事件関係者であり生存者でもある人物だ。マスコミからの取材依頼が殺到したが、美鈴は全て断った。

 さらに警察の取り調べでは、こう言い張った。


「何が起きたのか、私にはわかりません。いきなり、教祖の黒川さんが暴れだして……闘争こそ、我が人生だ! なんて言いながら、次々と人を殺し始めたんです。私は、怖くて娘を連れて逃げ出しました。そしたら、たまたま近くのレストランで同窓会をやっていて……そこのレストランに匿ってもらったんです。でも、同窓会の人たちもみんな殺されてしまいました。私は、怖くてずっと隠れていたんです」


 刑事の中には、美鈴の証言を怪しむ者もいた。だが、こうまで大勢の人間が死んでいるとなると、詳しく調べるのは困難だった。

 しかも、死体の中には人間離れした腕力で叩き潰されているものもあったし、鴉や野犬といった野生の動物に食べられてしまったものもある。

 さらに、本部にいた信者の中には「怪物が現れ、皆を惨殺していったんだ!」などと真顔で言い出す者までいる始末だ。

 さすがの警察も、これでは取り調べようがなかった。結局、カルト教の教義をめぐる内ゲバという形で事件は幕を閉じる。

 武田中学校一年C組の同窓会に参加していた面々は、その内ゲバに巻き込まれ死亡……ということになった。




 そして今、美鈴は壇上に立っている。

 聴衆は、全部で三十人ほどだろうか。老若男女、様々な人々で構成されていた。ほとんどが、美鈴を大量殺人事件の関係者という好奇の目で見ている。

 だが、美鈴としてもそれを承知した上で講演をしているのだ。そんな視線にも負けず、彼女は語り出した。


「私には、ふたりの恩人がいます。ひとりは、以前にも話したボランティアの先生です。末期ガンで余命わずかだったのに、短い時間を私のために費やしてくれました。その先生は、最後の最後まで私と話し合うことをやめなかったのです」


 そこで、涙を拭く女性がいた。美鈴と同じくらいの年齢だ。かつて、そのボランティアの先生に世話になったことがあるのだろうか。

 一方、美鈴は語り続ける。


「もうひとり、忘れることのできない恩人がいます。今日は、その人のことを皆さんに聞いていただきたいのです」


 そこで、美鈴の表情は憂いを帯びる。少しの間を置き、再び語り出す。


「その人は、両親を火事で亡くしました。そして、自分の顔にもひどい火傷を負いました。その火傷のせいで、イジメを受けるようになりました。それは、本当に異常なものです」


 そこで、聴衆は眉をひそめる。だが、美鈴の話はここからが本番だった。


「イジメは、中学校に入ってからも止まりません。その人は、クラスの全員からイジメを受け続けていたのです。誰も、彼を助けてはくれませんでした。ひとつ例を挙げると、彼の体には入れ墨があります。イジメで無理やり彫られたものです。もはや、これは犯罪です」


 途端に、聴衆はざわめいた。こんな教育的な場所向きの話ではないだろう。しかし、美鈴はそれでも語り続ける。


「彼は、そんなイジメの悪夢から逃れるため、ひたすら体を鍛えていました。そんな彼の前に、ある親子が現れました。親子は、悪い人たちに追われ逃げていたのです。彼は、その親子を助けてくれました。お陰で今、私はこうして皆さんの前にいます」


 そこで、美鈴は言葉を切った。聴衆を、今一度見回して。

 ややあって、再び語り出す。


「皆さんも、忘れないでください。我々はしょせん、ちっぽけな存在です。できることなど、たかが知れています。それでも、優しさを忘れないでください。人の心にあるものは、醜いものだけではありません。自分の中にある強さを信じてください。弱い人に手を差し伸べる気持ちを、失わないでください」


 言いながら、彼女は聴衆たちひとりひとりを見ていく。その時、観衆の中に大きなアフロヘアの男が混じっていることに気づいた。しかも、スーツ姿である。どこかで、見たような覚えがある顔だ。

 美鈴の言葉が止まった。だが、それはほんの一瞬であった。


「どんなに傷ついても、生きて欲しい。誰かに裏切られても、ひとりきりだと思っていても、信じる気持ちを捨てないでください」


 そう、これこそが美鈴の言いたかったことであった。

 加藤は、少年時代に人を信じる気持ちを捨てた。もっと早く、罪を重ねる前に彼に出会えていたら……。


「私たち親子を助けてくれた恩人は、今も暗闇の中で闘い続けています。私は、彼のいる世界に足を踏み入れることはできません。代わりに、こうして語り続けるのです。それが、闇に光を灯すことになると信じているからです」


 聴衆の大半には、美鈴が何を言っているのか、具体的なことは何もわからなかっただろう。

 それでも、伝わったことがひとつある。それは、美鈴の純粋で優しい気持ちだ。その気持ちは、確実に伝染していた。中には、涙を浮かべている者までいる。

 そんな中、美鈴は語り続けていく。


「そして、私は信じています。いつか、私たち親子を助けてくれた恩人と再会できる日を……彼は今、深い暗闇の中をさまよっているのだと思っています。しかし、いつかはこちらに帰ってきてくれる……私は、そう願っています。ですから、私はこうして光を灯し続けます。いつの日にか、闇の中で彼が私の灯した光を見つけ、そのわずかな光を目印に再び会いにきてくれる……そう信じ、祈り続けます」




 講演が終わると、美鈴はまっすぐ家に帰る。

 今の美鈴の家は、児童養護施設『希望の灯火』だ。彼女が代表者であり、イジメや虐待などで行き場のない子供たちの世話をしている。


 そんな彼女は、今も事務所で経費の計算をしていた。そろそろ、玲奈もろう学校から帰ってくる頃だ。

 それにしても、金が足りない。いつものことではあるが、今月は特に厳しい。子供たちの食費を切り詰めなくてはならないのか──


 その時、応接間の方でギイという音がした。ドアの開く音だ。誰か来たのだろうか。いや、来客ならば何かしら声をかけるはずだ。


 ひょっとして、ガイア救済教会の残党?

 アフロヘアの男の仲間?


 だとしたら、警察を呼ばなくては……と思った瞬間、さらにガタンという音がした。

 やはり、誰か来ているのだ。美鈴は立ち上がり、護身用のスタンガンを片手に、そっと応接間に出てみる。

 しかし、応接間には誰もいなかった。代わりに、テーブルの上にアタッシュケースが置かれている。

 何だろうか。美鈴は、そっと開けてみた。途端に、驚きのあまりケースを落としてしまった。

 アタッシュケースには、札束がぎっしり詰まっていたのだ。一千万は、優に超えている。いや、一億あるかもしれない。

 さらに、便箋が一枚──


 震える手で、美鈴はそれを読んだ。直後、彼女は崩れ落ちる。


 あえて名前は書かないが、俺が誰かはわかるな。約束は果たしたぞ。

 もし、どうしても俺の助けが必要な時は、下の番号に連絡しろ。ただし、連絡するのはあくまで本当に助けが必要な時だけだ。忘れるな。


 読み終えると、美鈴の目には涙が浮かんだ。

 次の瞬間、彼女は動く。すぐに外へと飛び出し、周りを見回した。

 誰もいなかった。美鈴は、涙を流しながら笑う。なんと逃げ足の早い男なのだろうか。


「何言ってんの……会えてないじゃん。必ず会いに来るって約束したでしょ。これじゃあ、果たせてないからね」


 誰もいない空間に向かい、美鈴はひとり呟いた。ふと、あの時に言ったことを思い出す。


(いいから約束して! 全部片づいたら必ず会いに来るって……私だけじゃなく、玲奈にも約束して!)


 彼が生きていてくれたこと、約束を覚えていてくれたこと、ここにきてくれたこと……全てが嬉しい。


「亜嵐……本当によかった」




 その頃、玲奈は家路についていた。

 傍から見れば、ひとりで無言のまま歩いているように見えただろう。だが、実は宇宙生物エイドリアンと交信していたのである。


(今、何してるの?)


(エイドリアン ソラ トベル ヨウニ ナッタ)


(本当!? 凄いね!)


(ウン エイドリアン スゴク ナッタ コンド オマエト イッショ トビタイ)


(うん、私も飛びたい。でも、人間に見つからないよう気をつけな)


(ウン エイドリアン ニンゲン キライ デモ レナト ママト カトウハ スキ)


(ふふふ、私も好きだよ)


 玲奈は、ふと足を止め空を見上げた。加藤亜嵐も、どこかで同じ空を見ているのだろうか。


 いつか、また会えるよね── 


 胸の奥で呟くと、少女は再び歩きだした。

 そんな玲奈の後ろ姿を、じっと見つめているふたりの男がいた。だが、少女は気づかず歩いていった。




「会わなくていいのかよ?」


 尋ねたのは、拝み屋ジョーである。爆発したようなアフロヘアに人骨を模したピアス、耳たぶを幾つも繋げたような形のネックレスをぶら下げている。

 だが、服装はスーツにネクタイだ。致命的なほど合っていない。


「いいんだよ。会わない方が、お互いのためだ」


 答える加藤亜嵐は、三年前とさほど変わっていなかった。五厘刈りにジャージ姿、火傷の痕もそのままである。整形手術で火傷を消し去ることも可能なのに、本人にはその気がないらしい。

 そんな加藤は、ジョーを睨みつけた。


「あんたには感謝している。あの親子の情報をくれたからな。けどよ、ひとつ言っておくぞ。あんたが何を考えてるかは知らねえが……あの親子に妙な真似をしたら、必ず殺す」


「んなことするかよ。俺はただ、観察するだけさ」


「観察だと?」


「ああ。俺の知る限り、屈指の能力者である浅田玲奈。その母親の浅田美鈴。さらに、宇宙生物のエイドリアン……これだけでも、とんでもねえ話だよ」


 言った後、ジョーは加藤の胸をつついた。


「さらに、あの黒川烈道が神の子と評した不死身の加藤……お前もまた、俺の観察対象である。この四人が再び結集した時、何が起きるのかな」


「俺は不死身じゃねえ。ただ死に損なっただけだ」


「さあ、どうだろうね。ま、今は束の間の平和を楽しむんだな」







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