サシの勝負と、暴徒
「よう! ひとつ提案があるんだが、聞いてくれねえか!」
不意に、加藤が外に向かい叫んだ。
少しの間を置き、暗闇から信者の声が返ってくる。
「なんだ?」
「俺はな、あんたらの教祖である黒川とサシでやりてえんだ。もちろんステゴロでな。どうだ?」
「ふざけるな。我らが師父は、お前みたいなチンピラなど相手にしない」
信者の態度はにべもない。と、加藤の口調が嘲るようなものへと変わる。
「そうかそうか、あんたらの師父さんは、俺とやるのが怖いのか。それじゃ仕方ないなぁ。黒川は、本物の男だと思ってたのにな。実に残念だ。ま、ビビリじゃ仕方ねえなあ」
「貴様ぁ! 師父を侮辱する気か!」
予想通り、挑発に乗ってきた。対する加藤は、冷静に応じる。
「侮辱じゃねえだろ。ただ事実を述べてるだけだろうが。黒川師父は、俺とのステゴロが怖くて、手下の陰に隠れてんだろ」
「待っていろ。今すぐ師父に伝えてやる」
その言葉を聞き、加藤はすぐさま室内へと戻った。
「上手くいったぜ。あとは、黒川が来るのを待つだけだ。俺たちの勝負がはじまったら、裏から逃げるんだ」
「わ、わかった」
美鈴は、緊張した面持ちで頷いた。
次に加藤は、エイドリアンの方を向く。
「このふたりのこと頼んだぜ」
言った加藤に向かい、エイドリアンは首を動かした。どうやら、頷く仕草をしているつもりらしい。こちらが言っていることを完璧には理解していないまでも、なんとなく察してはいるようだ。
加藤はクスリと笑う。この宇宙生物は、本当に賢い。
「おお、すげえな。お前、グレートだよ」
言いながら、エイドリアンを指差した。すると、エイドリアンも真似をして指を差す。
加藤は、また笑った。
「そっか。俺もグレートだって言ってるのか。ありがとうよ。で、玲奈はママの言うこと聞いておとなしくしとけよ」
今度は玲奈に言った。すると、玲奈は拳を突き出し親指を立ててみせる。いいねのサインだ。
加藤は、思わず顔がほころんだ。少女の拳に、自分の拳を合わせる。いわゆるグータッチだ。
その時だった。突然、車のエンジン音が聞こえてきた。それも一台ではない。おそらく十台は来ている。
「おいでなすったぜ。じゃあ、打ち合わせ通りに頼む」
そう言った時、美鈴の手が加藤の腕を掴む。
「約束、必ず守ってよ」
その目は、真剣そのものだった。加藤は、直視できず目を逸らす。
「わかってるって。俺は不死身だ。負けねえよ」
そう言い残し、加藤は外に飛び出していった──
店の駐車場には、スクラップと化した車が何台も放置されていた。元同級生たちが乗ってきたものである。
それとは別に、十台近い車がずらりと並んでいた。当然、教団の車である。ライトが、一斉に加藤を照らした。
そんな中、黒川烈道が車から降りてきた。悠然とした態度で歩み寄ってくる。
さらに、信者たちも続々と集まってきた。車から降りて来た者以外にも、山道にひそみ加藤らを見張っていた者たちまでも姿を現した。
作戦通りである。あとは、頃合いを見計らってエイドリアンが親子とともに逃げるだけだ。
「加藤! この俺と一対一の勝負を望んでいると聞いた! それは本当か!」
黒川の声が響き渡る。
「ああ、本当だよ。あんたなら、受けてくれると信じてたぜ。俺が勝ったら、あんたらは親子を諦めて引き上げる。俺が負けたら、親子を渡すし俺も教団に入る。これでどうだ?」
「フッ、そうきたか。面白い。こちらこそ願ってもない申し出だ。嬉しいぞ」
言った直後、黒川はズタ袋のような服を脱ぎ捨てた。逞しい筋肉とタトゥーに覆われた上半身が露わになる。
加藤は、思わず息を飲んだ。
黒川の身長は、百八十センチ……いや、百九十センチはあるだろう。体重の方も、百キロを優に超えている。しかも、脂肪太りではない。鍛え抜かれた筋肉の上に、うっすらと脂肪が付いた体だ。戦士としては、理想的な肉体である。
その肉体が醸し出すプレッシャーには、凄まじいものがあった。さしもの加藤も、黒川のプレッシャーを前にしては迂闊な動きはできない。
なんて野郎だ。
加藤は、奥歯を噛み締めた。裏の世界に入って以来、様々な男たちと殺り合ってきた。
だが、黒川は格が違う。体格もさることながら、体から放っている闘気が凄まじい。息が詰まりそうになるほどだ。こんな感覚は初めてである。
こりゃ、勝てねえわ……。
加藤は、敗北を確信した。だが、かえって気持ちは楽になっていく。
なぜなら、自分の目的は勝つことではない。美鈴と玲奈が逃げるまでの時間を稼ぐことだからだ。
どうせ、死ぬと決めたなら……せめて黒川の腕の一本でも道連れにしてやるだけだ。
両者は、無言で睨み合っていた。その間合いは、少しずつ詰まっていく──
そんな時間が、どのくらい続いたのだろう。突然、ひとりの信者らしき男がフラフラと前に出てきた。
ガリガリに痩せており、頬はこけ腕は棒きれのように細い。口は開いたままで、前歯はところどころ欠けている。ただ、目には異様な光を宿していた。
皆が唖然となる中、その信者は加藤へと歩いていった。
「何だお前は!? 邪魔すんじゃねえ!」
怒鳴った加藤。黒川はというと、奇妙な表情を浮かべている。
「誰だ、この男は?」
動揺する両者だったが、信者は無言のまま加藤の方に歩いていく。殺気は全く感じられないし、攻撃してくる気配もない。かといって、友好的な態度でもない。ただ、加藤めがけ直進しているだけである。その行動が理解不能なのだ。
黒川と対峙した瞬間から、加藤の体と心は戦闘モードに入っている。そのため、近づいてきた信者に対し、反射的に動いてしまった。顔面に頭突きを食らわし、首投げで地面に思い切り叩きつける。
すると、その信者は痙攣しだした。数秒後、動きが止まる──
「この男は何者だ……何をしに来たのだ……」
呆然となり呟いたのは黒川だ。
こんな男には、見覚えがない。無論、黒川とて全ての信者の顔を把握できているわけではない。見たことのない者もいる。
だが地面に倒れている男は、信者とは全く異なる空気を発していたのだ……。
そんな黒川の背後に、音もなく近づいていった者がいる。教団ナンバー2の荒牧だ。その手には、注射器がある。
荒牧は、黒川の体に注射針を突き刺した。中の薬品を注入する──
「貴様、何をする!」
チクッとした痛みを感じ、黒川は後ろを向き怒鳴りつけた。が、荒牧は平然としている。小声で、そっと囁いた。
「あいつはね、ウチの信者ではありません。知り合いのヤクザに頼んで調達してもらったヤク中ですよ。体はボロボロで、思考能力すらなくなりつつある。ところがね、そんな救いようのないヤク中でも、こうして役立てることができる。まさに、バカとハサミは使いようですな」
「お前は何を言っているのだ……」
驚愕の表情を浮かべる黒川に、荒牧はニヤリと笑った。
「師父よ、あなたはあまりにも純粋すぎる。加藤のようなチンピラを相手にしても、何の得もない。しかも、万が一にもあなたが敗北するなどということは許されないのです」
その言葉に、黒川は怒りのあまり荒牧の襟首を掴んだ。そのまま、地面に叩きつける……つもりだった。
だが、力が入らない──
「俺に何をした!?」
「申し訳ないですが、麻酔薬を打たせてもらいました。もうじき、あなたは眠りにつきます。目を覚ます頃には、全てが終わっていますよ。そうなれば、あなたも納得せざるを得ないでしょう」
そう言って、荒牧は口元に笑みを浮かべる。
「あなたは、あのチンピラが絡むと冷静でなくなる。自身の小指をくれてやった時から、あなたには危ういものを感じていました。そして、今のこの有様……あなたは、いずれ一国を統べる王になる人間なのですよ。あんな者を、まともに相手にしてどうするのですか」
言った後、荒牧は歩き出した。メガホンを手にして、信者たちに向かい大音響で語り出す。
「いいか! あの加藤亜嵐は師父との神聖なる勝負の最中に、無関係の信者に手をかけたのだ! 我が兄弟たちよ! こんな所業を許せるのか!」
その言葉に、信者たちはざわめき出した。中には、今にも襲いかかりそうな者までいる。
一方、加藤はチッと舌打ちした。どうやらハメられたらしい。裏で糸を引いていたのは、あのメガホンで扇動している奴だ──
ざわついている信者たちに向かい、荒牧はなおも演説……いや、煽りを続ける。
「しかも、この加藤亜嵐は卑怯な真似で我らが師父を傷つける気だったのだ! 見ろ、今の師父を! 黒魔女の子孫である浅田玲奈が、邪悪な力を用いて師父を攻撃していたのだ!」
信者たちが見ると、黒川は地面に倒れている。加藤は、何も攻撃していないのだ。にもかかわらず、黒川がこうなっている……これは、明らかに不自然だ。
途端に、信者たちは口々に叫び出す──
「なんだと!」
「ふざけやがって!」
「許せねえ!」
「加藤も、魔女の子孫も殺せ!」
信者たちの態度が、一気に変わった。
ここにいる信者たちは、加藤に対し強い怒りと憎しみを抱いている。なにせ、これまでに仲間を六人も殺されているのだ。
今までは、黒川の命令によりかろうじて押さえられていた。己の感情を殺し、加藤たちの動向を見張っていたのだ。
しかし、その黒川が加藤の卑怯な作戦により倒れてしまった……少なくとも、教団ナンバー2である荒牧はそう言っている。黒川ほどではないにしろ、荒牧もまた教団内では絶大なる権力を持っているのだ。その言葉を疑う者などいない。
こうなっては、もう止められない──
さらに、荒牧が煽り立てる。
「もはや問答無用だ! 皆で加藤を殺せ! 浅田親子ともども殺してしまえ!」
その言葉により、信者の群れが一斉に動いた──
「クソがぁ!」
加藤もまた動いた。くるりと背を向け、走り出す。
逃げるだけなら、そのまま走り続ければ良かった。森の中に入り込めば何とかなる。加藤がこれまで裏の世界でやってこられた要因のひとつに、その逃げ足の速さがある。
実際、今も信者たちとの距離は広がっていた。このまま走り続け山の中に入れば、逃げきれる可能性は高い。
だが、逃げる前にやらねばならぬことがあった。作戦の失敗を伝えるため、加藤はレストランに飛び込む。




