呼び出し
父に呼ばれて執務室に行くと、そこには兄さんもいた。
二人で深刻な顔をしている。
これは良くない話かもしれない。僕はそう直感した。
「ヴィノ」
父の声が重い。
「ビール醸造所に、新しいハーブを提供したのはお前だな?」
「はい。樽一つ分試作をお願いして、皆の飲んだ感想を調べてもらっていました」
それが何か大変な事態を引き起こしてしまったのだろうか。薬草として売られていたものだし、使いすぎなければ毒になることもないはずだ。
本当に心当たりがない。
「なんということをしてくれたのだ!」
父の拳が執務机を叩いた。
「しかもお前は自分が何をしたのかまるで理解していないとは!」
僕はすぐに反論しなかった。たしかに僕は父が何に怒っているのか理解できていない。そこが分からないうちに反論しても無意味だ。
「父上」
援護射撃をしてくれたのは兄さんだった。
「お怒りになる気持ちは私にもよくわかりますが、ヴィノにその理解を求めるのは酷であるように思います」
「ルーク、お前」
「ヴィノは次男です。私によほどのことがない限り爵位を継ぐことはないからと、そのための教育をしてこなかったのは、父上ではないですか」
兄さんのその言葉で、僕はどこにある地雷を踏み抜いたのかを察した。僕のホップビール試作には、領地経営上の問題があったのだ。
ただやはり、それが具体的に何なのかはまだ分からなかった。
「……」
兄さんの指摘を受けて、父は黙った。気持ちを落ち着かせているようだった。
「ではルーク、ヴィノに説明してやるといい」
「はい」
兄さんは改めて僕に向き直った。
「ヴィノ、この男爵領内では、ビールを作るためのグルートについて、男爵家だけが扱っていることは知っているな?」
「はい。父上に聞きました」
「なぜだと思う?」
「……レシピを秘密にして、同じ味で自由に作られないようにするためだと思っていました」
「それも間違ってはいない。ただ、なぜ自由に作られないようにしているか、考えてみたか?」
「……」
レシピの独占と専売。
それによってできるのはこの土地ならではの味わいだ。変な毒草が混ぜられるのを防ぐという目的もあるかもしれない。ただそのことだけでこれだけ深刻な顔をするとは思えない。
もしかして、行政的な目的だけではなく、別の側面、商業的な意味もあるのだろうか。
その方面から考えると、グルートの価格を男爵家で好きに決められる、という意味になる。必要不可欠なものを独占的に扱っているのなら、それこそ好きなだけ利益を取れる。
「利益、ですか?」
僕は仮説として思いついたものを口にしてみた。
兄さんが頷いた。正解だったようだ。
「グルートの販売益は、領地の大切な収入の一つだ」
なるほど、それでようやく僕は理解した。
僕がやったホップの提供は、そのまんまその樽一つ分の販売益の消失を意味したのだ。まだ樽一つ、されど樽一つだ。このまま僕が気づかずに生産規模を拡大させていたら、大損害になっていただろう。
「僕が浅慮でした。申し訳ありません」
美味しいビールを作る、それだけでは駄目だったのだ。
「理解したか?」
「理解いたしました。僕は、決して家に損害を与えようとして行動したのではありませんが、今考えれば明らかに間違った行動でした」
「うん。父上、ヴィノも過ちを理解し認めました。我が弟はバカではありません。同じようなことを繰り返すことはしないでしょう」
だから大目に見てやってくれないか、と兄さんは父に言った。
「……わかった。だがヴィノ、過ちには罰を与えなければならないのが領主の仕事だ」
「はい」
僕は背筋を正した。兄さんの口添えもあるとはいえ、どんな罰が下されるか予想がつかない。
「お前は、このホップとかいうハーブを使ったビールを生産しても我が領地に不利益が出ない仕組みを考えよ。それまでホップを使用したビールの醸造は禁止する」
「わかりました」
僕に異議はない。罰というより、新しい課題といってもいいくらいだ。これをクリアすれば、堂々とホップを使ったビールが試せる。
「アイデアができたらいつでも来なさい。それと」
父はいったん言葉を切った。
「お前が作らせたビールは美味かった」
いかめしい表情のままそんなことを言うものだから、兄さんが吹き出した。




