宿題に取りかかる
「――という条件を考えておりまして、我がエクタフ男爵領にお力添えいただけないでしょうか」
僕は、三十手前くらいの男たちを前にしていた。
彼らは二つ隣のヴェスト男爵領でハーブ農園を営んでいる兄弟だ。薬屋に聞いたところ、彼らがホップを栽培し薬屋に販売していると教えて貰った。
それで、僕は今彼らにお願いにきている。どうかエクタフ男爵領でホップを栽培できるよう手伝って貰いたい、と。
兄弟は、兄弟らしく同じすみれ色の目を見合わせた。
「申し訳ないのですが、お断りさせてください」
弟の方、ヨルストが頭を下げた。
「お話しいただいた内容は悪いものではないとは思いますが、僕らには難しいです」
「だめですか。あなた方ならできると考えてきたのですが」
「申し訳ありません」
兄ブルストも頭を下げた。
「わかりました。ひとまず今日は引き下がります」
僕は兄弟の家を出た。
ハーブ畑の真ん中に立つ家だった。家に続く道の両側にもハーブが植わっている畝が並んでいた。
良く整えられた農園で、一目見ただけで全てのハーブが大切に育てられていることが分かる。
「良い香りじゃのう」
突然、メルティア様の姿が僕の隣に現れた。
手に大きな銀のゴブレットを持っている。確かめるまでもなく中身は酒だろう。
メルティア様は手近なところに生えていたハーブの葉をひとつまみちぎると、そのゴブレットの中に投入した。
「メルティア様、勝手に人の作物を取ってはいけないのでは」
「わしは神じゃぞ? 見よ、もぎ取られた草も喜んでおるわ」
メルティア様は暴論を口にしながら杯を傾けていた。
僕に草花の気持ちは分かりません。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「おぬし、酒も造らずになぜこんなところで油を売っておるのだ? お、良い香りじゃ、やはりこのネークにはエルデトの葉の香りが合うと思うたが、その通りであったわ」
後半はさきほど葉を放り込んだ酒の感想である。
「酒を造るのに必要だからですよ」
「?」
メルティア様は首を少し傾けた。なぜ必要なのか分からないといった顔だ。
「僕は、町の薬屋からホップを買ってビールを作りましたけど、その方法では僕の家が損をしてしまうことになるんです」
「ならそのホップとやらも、グルートと同じく専売にしてしまえば良いではないか」
メルティア様の指摘は小さい範囲では正しい。
この人、酒以外のことも考えられたんだな。
「それでは足りないんです。この先、ホップビールはグルートビールを駆逐する勢いで広まる可能性があります。そうなったとき、自領内で生産することができなかったら、仕入れ値をつり上げられることや、最悪売ってもらえなくなる可能性も出てきます」
僕に課された課題である『領地に不利益が出ない』を、僕は短期的な意味だけではなく捉えようと思っていた。
酒を造ることだけ考えていてはダメだ、そう痛感したからこそだ。
僕は前世の知識からこの世界でもホップビールが優勢になるだろうと思っている。この世界でも人の味覚には大差なく、それであれば同様に普及していく可能性を踏まえなければならないだろう。
だから、男爵領内でホップの自給が出来るようにする。その上で専売制を取れば、男爵領の利益になり、他領が作り出したとしても市場競争が出来、さらに生産量を増やすこともできる。
しかもこれまで領内でグルートのためのハーブを育てていた農家も、ホップ農家に転向してもらえばその移行によって収入を失うこともなくなる。
「ふぅん、人間というのは面倒くさいことを考えるのう」
メルティア様は全然興味なさそうだった。
「それで、あの兄弟に断られたわけじゃが、どうするのだ?」
「え、まだ一度断られただけじゃないですか」
「ほほう」
「僕の前世の世界には三顧の礼という言葉がありまして、三回まではしつこくお願いしに行って良いんです」
「その言葉、そういう意味ではないと思うが……」
「この世界にはない言葉なんですから、僕の解釈が正しい解釈です」
故事を知っている人間がここにはいないんだし、いいじゃん。
そして僕は宣言通り三度訪問した。
「あの、もう三度目ですよ……」
ブルストが心底困った顔をしていた。
「それだけ本気なんです」
僕は諦めない。まだ三度目だ。セーフだってば。
「……少し家族で相談させてください。明日また来ていただけますか」
そしてついに進展が生じた。
やはり三顧の礼、効く。




