農園の娘
翌日、昼過ぎになって僕は再び兄弟を訪ねた。
待っていたのはブルスト一人だ。
「相談した結果、ヴィノ様にはなぜ私たちがお話をお受けできないのか説明すべきだ、ということになりました」
なるほど、そうきたか。
だが僕はこれくらいではめげない。これは間違いなく前進なのだ。この「受けられない理由」という障害を越えれば可能性がでてくるということなのだから。
さて、どんな障害がでてくるのか。
そう思っていると、奥からヨルストが出てきた。肩を誰かに貸している。
少女だ。
足取りは不確かで、体が弱っているのだろう。やせ細っていて顔色は青白い。年齢は十五か十六才くらいに見えるが、いかにも病弱で栄養が足りていないようだ。くすんだ金髪とすみれ色の瞳が、彼女が兄弟の血縁者であることを示していた。
「妹のシーリィです」
ブルストが紹介してくれた。
シーリィはその間にヨルストに助けてもらいながらやっとのことで椅子に腰掛けた。
「お見苦しい姿で申し訳ありません」
シーリィは目を伏せたまま頭を軽く下げた。消え入りそうな力のない声だ。
「いえ。全く気にはなりませんよ」
病弱な妹。これが理由なんだと理解した。
「妹は生まれつき身体が弱く、今では私たちが手助けをしてやらねば生活も難しいのです。
いまあるハーブを育て、シーリィの手助けをする。私たち兄弟はこの二つで手一杯なのでございます」
「失礼ですが、医師には?」
「診せております。幸いここには薬になるハーブが多くありますので、よく診ていただいてます」
「そうですか」
医師もついているとなれば、僕にできることはあまりなさそうだ。
養命酒やシャルトリューズなど、元は薬として作られていた酒は多い。ただそこにどんな薬草が使われているのか僕は知らないし、知っていたとしてそれがシーリィに合うのかも分からない。
「あの」
シーリィが声を発した。
「兄たちに、とても良いお話を持ってきていただいたと聞きました。すみません。私のせいで……」
「何を言う、お前のせいなどと俺たちは思っていないぞ」
ブルストがシーリィの肩に優しく手を置いた。
「そうだ。家族なのだ、当然のことをしているだけだ」
とヨルスト。
「私のせいで兄たちは結婚もせず……。私のせいなのです。私の……」
涙が落ちる。兄弟はシーリィを慰めようと語りかけていた。
僕は言葉をかけることもできずに、しばらくして兄弟の家を辞した。
解決のあてが僕にはない。
僕は一度家に戻った。
***
メルティアは、深夜、最近彼女が目をかけているヴィノが通うっていたハーブ農家の屋根の上に姿を現した。
彼女は神である。
だが万能ではない。多くの古の神は、信徒たちの信仰対象が移り変わる中で力を失っていった。メルティアとてその例外ではないが、人が酒を愛するがゆえに、古の神々のなかでは力を保っているほうではあった。
だがその権能は酒に限られ、そして人の病を癒やすことはその領分ではない。
メルティアは屋根の上に腰掛け、手にしたゴブレットの酒を飲んだ。
今日の中身はヴィノが作らせたホップビールである。
爽やかな苦味が喉に心地よい。酒の新たな可能性を感じさせる酒だった。
メルティアはゴブレットの中身を飲み干すと、それを放り投げた。ゴブレットは空中でかき消えた。
「人間というのは本当に面倒なことよ」
メルティアは独りごちた。
皆で酒を飲み、楽しく騒げば、世はおしなべて事もなし。それが彼女の理想である。
ただ、そうはいかないのが人の世の常だった。
屋根の上から農園を見渡した。月に照らされ、風にそよぎ、農園はただそこにある。
「さて、おぬしら。聞こえておるのだろ?」
誰にともなく声を投げると、その農園のあちこちから光の球が舞い上がってメルティアの周囲を舞った。
「女神様、ごきげんよう」「今晩は、女神様」「今日は良い夜だね」
光の球それぞれから老若男女様々な声が発せられた。
「女神様、先日は私の葉をお飲みいただきありがとうございました」
「おぉ、おぬしの葉は実に良い香りをしていたぞ。今後も励めよ」
「はい!」
農園で育てられているハーブ類に宿る精霊たちであった。
「どう思っておるのだ?」
何を、などと余計なことはいちいち口にしない。
「女神様のご下問ゆえ、お答えいたします」
「彼ら一家は私たちに大変よくしてくれます」
「たくさんの雪が降った日、一晩中葉の上に積もりすぎないよう払い続けてくれました」
「一枚一枚葉を見て虫を取り払ってくれました」
「水が欲しいときに、いつも水を撒いてくれます」
「日差しの強い日には薄い布で弱めてくれたこともありました」
「葉や花を摘み過ぎて弱ってしまわないよう、気遣いしてもらっています」
「私たちの成長を妨げる草を丁寧に取り除いてくれます」
「優れた葉が出来たとき、とても嬉しそうにします」
「余り姿を見せないけれど、妹のシーリィは私たちを眺めて笑っているときがあります」
「私たちを育ててくれる兄弟は、彼女の回復を願っているようです」
精霊たちは口々に思いを語った。
「「私たちも彼女に元気になって貰いたいと願っています」」
その言葉だけが重なった。
「けれど」
「いつも使っていくのは違うやつなの」
「その時一番表に出ているのには多少効いても、一番下には効かないものなのです」
「私たちはそれを伝えることもできません」
「精霊は人に真実を教え導いてはならない定めのために」
「女神様、どうか」
「どうか」
「お願いいたします」
「「私たちを届けて」」
精霊たちの声を聞いて、メルティアは微笑んだ。
「愛と狂乱の女神メルティアの名のもとに、おぬしらの願い聞き入れよう」
精霊たちがメルティアの周りで渦巻いた。
「わしにとっては、規則というのは破るためにあるのだ」




