薬酒
朝起きると、僕のベッド脇に大きな布袋があった。
「なんだこれ……」
中を見ると、数種類のハーブが詰め合わされている。フレッシュハーブの爽やかな香りが部屋中に吹き上がった。
もちろん、誰かに夜中ハーブを届けておくようになんて頼んだことはない。
超常現象。
「メルティア様か……」
心当たりがあるのはそれくらいである。いまや僕の周りの変なことは大抵あの女神様のせいだ。
きょろきょろと部屋の中を見渡しても、メルティア様の姿はない。
勝手に考えろということだろう。
おそらくあのハーブ農家の一家に関することだろうと思う。ハーブの山。酒の神が薬に詳しいとは思えないから、知り合いの医神にでも聞いたのだろうか、それとも適当に摘んできたのだろうか。
(これをただ届けろ、ってことじゃないだろうな)
そんな単純なことならわざわざ僕のところに持ってこない。
(酒の神、だしな)
幸い先日蒸留器を作ったところだ。それを使って薬草酒を仕込むとしよう。
僕はそう考えて、早速作業に取りかかった。
袋の中に入っているハーブを分類して分量と比率を記録。
蒸留器を使って高濃度のアルコールを入手。
得たアルコールにハーブ類を漬け込み、成分を抽出。
それぞれの作業はさほど難しいものではなかった。
出来上がったそれを持って、僕は再び兄弟の元を訪れた。
「これは?」
兄弟はあからさまに訝しんだ。
「夢に神様が現れ、この配合で薬酒を造り与えよとの啓示を受けました。信じられないかも知れませんが、シーリィさんに飲ませてあげてくれませんか」
そう言いながら、僕はこれに何のハーブが使用されているのかも伝えた。毒になるものは入っていないと分かって貰うためだ。
「一口舐めてみても?」
「もちろんです。少し苦く酒精も強烈ですが毒ではありません」
ブルストが小さなスプーンでそれをすくって舐めた。顔中のパーツが中央に寄った。
ヨルストも舐めてみると、同じ顔になった。
「これは強烈……」
「だが毒ではなさそうだ。入っているのもうちで育てている種類だし」
「わかりました。正直よく分からないこともありますが、試してみます」
兄弟が受け入れたので、僕は十日後にまた来ると言い残して帰った。
十日後再訪すると、シーリィが家の前で待っていた。
シーリィはその両側にいる兄弟の助けを受けずに一人で立っていた。体はまだ痩せているが、顔色がだいぶ変わっていて血色が良い。
「ヴィノ様!」
僕の姿を見て兄弟が駆け寄ってくる。
ヨルストが僕の手をとった。
「ありがとうございます。いただいた薬酒を飲ませたところ、シーリィが……」
涙があふれている。
シーリィはまだ走ることは難しいようで、ゆっくりと一歩一歩確かめながら歩み寄ってきた。
「ヴィノ様、ありがとうございます」
シーリィが頭を下げた。
薬酒は信じられないほどの成果を上げていた。何が何だか分からないが、神様が関わっていることである。これくらいの奇跡は起きるのだろう。
「よかったね」
「うむ、よかったのう」
唐突に僕の隣にメルティア様が現れた。
兄弟たちがメルティア様に気付いたようだ。いつもは僕以外には姿も見えず声も聞こえないのに、今は見えるようになっているらしい。
「ヴィノ様、そちらのお方は……」
「あー、うん。なんというか」
この人が配合を教えてくれた、と紹介して良いのだろうか。今日も酒の入ったゴブレット持ってるし。顔ちょっと赤いし。
悩んでいる内に、兄弟とシーリィが膝をついた。メルティア様の姿に何かを感じたのだろうか。
「いと高きお方、妹をお救いいただきありがとうございます」
「うむ」
メルティア様は鷹揚に頷き、手にしたゴブレットから酒を飲んだ。
そこから薬の匂いが漂ってくる。あれ、それ僕が作った薬草酒じゃないか?
「ヴィノ、この酒、意外とくせになるのう」
メルティア様は平常運転だった。




