女神の課題
僕はお説教モードに入りかけたエマをかわして、部屋へと戻った。
いや、戻ろうとした。
自室へのドアを開けて中に入ると、そこは自室ではなかった。
白い、ただ白い部屋だ。広さは元々の僕の部屋ほど、おおよそ30平米くらいだ。
その中央にどんと黒い重厚な机が置かれ、そこに顔の前で手を組んで重厚そうな空気を出そうとしている酒女神がいた。
「よく来たな、我が使徒よ」
「メルティア様、ここなんですか? 僕の部屋は?」
僕は動じなかった。
何しろ僕の記憶にはあの地球の記憶があるのだ。そこで見た様々な作品たちの所業に比べれば、突然知らない部屋に入ってたなんてもう驚くに値しないよね。
「……よく来たな、我が使徒よ」
うわこの女神めんどくさい。僕が期待通りの反応をするまでやるつもりだ。
「う、うわぁここはどこなんだ。め、女神様ここは一体!?」
僕は接待してあげた。
駄女神は嬉しそうににやりと笑った。
「ここはわしの神域」
「はぁ、神域。メルティア様の邸宅ってことですか?」
それにしては何も物がない。この女神のイメージでは、開いた酒瓶や樽がそこら中に転がっている、くらいのほうがそれらしいだろう。
「自宅は別。ここはおぬしのために特別に用意した。あとなんか失礼なこと考えたろ?」
「はい!」
神様に嘘はつかない。
「……おぬしな。嘘つかなきゃ怒らないってことはないんだからな?」
「すみません。以後気を付けます」
「うん、そうしてくれ。わしも、久しぶりの使徒を酒のつまみにはしたくないからさ」
メルティア様が席を立つと、テーブルが消えた。
「さて、我が使徒ヴィノよ。おぬしに最初の試練を与えよう」
ようやくふざけた空気が消えた。本題の時間だ。
「はい」
僕は身構えた。お酒関係だとは思うが、いったいどのような試練が与えられるのか。
「ビールを作れ」
「ビール、ですか」
「うん。わしは、おぬしの記憶にある、黄金色のビールが飲みたい」
「!」
ビール。もちろんわかる。麦芽とホップ、水というシンプルな3つの原料で作られる、のど越しにおいて並ぶものなき黄金の酒だ。
「ではな」
メルティア様が指を鳴らすと、メルティア様の姿と共に部屋も消え去った。僕がいるのはいつもの僕の部屋の中央だった。
僕はメルティア様に課された試練を思い、腕を組んだ。
あのビールを作るために必要な物。麦芽はいい。手に入る。問題はホップ。
この世界にもビールはある。ただし、それは複数のハーブを組み合わせて作られているもので、地球のあのビールではなかった。ホップが使われていないのだ。
ビールの苦みや爽快感は、ビールを醸造する段階で加えられるホップによってもたらされている。
(ホップ、あるのか?)
この世界の植生は地球とは異なる。同じような植物はあっても、全く同じとは限らない。
いきなりの難題だった。
(探そう)
ビールに使用されるようになる前、ホップは薬草の一つとして扱われていたはずだ。だとすると、この世界に同じようなものがあれば薬草として栽培されている可能性は十分にある。
(まずは、ビール醸造所に行こう)
僕には地球での酒造りの知識はあるが、この世界での知識にはまだまだ足りないことが多い。
まずはこの世界でのお酒のことを知ろう。
僕はそう考えて、館を出て町へと向かった。




