あなたがお酒の女神様?
「どちら様でしょうか?」
僕は尋ねた。エマの状況を見れば、なんとなく超常の存在だろうと思う。ただ、危険な雰囲気は感じない。
服装はよく見る町娘風の白いワンピースであるものの、髪はすこし桃色がかった白色で、なにより胸に爆弾が二つ付いている。
「わしはメルティアという」
そう名乗った彼女は胸を張った。
「メルティア様ですか」
「うむ」
そう言うや否や、手にした器の酒をグイっとあおった。
「くーっ、これはきくのう!」
(あ、この人のんべえだ)
把握した。
「申し訳ありません、浅学にしてお名前を存じ上げないのですが、どちらの偉大なお方でしょうか?」
ピタリ、とメルティア様の動きが止まった。
「……知らない?」
「誠に申し訳ありません」
僕は頭を下げた。
知らないものは知らない。知ったかぶりをするわけにもいかない。
「そうかぁ。わしもだいぶ衰えてしまったしなぁ。仕方ない、知らぬなら言って聞かせよう。
わしこそは、この世の全ての酒を愛し! 全ての酒に愛された女神! 人に酒の作り方と楽しさを伝えた酒と舞踊の導き手、愛と詩歌もついでに司る最高の女神である!」
最高の女神って自分で言った。
「つまり、お酒の女神さまですか」
きっと舞踊も愛も詩歌も酔った勢いでやってるだけだ。間違いないと思う。
「ま、そうだ」
女神メルティア様は軽く肯定した。
「酔えば人は踊るし、愛を語るし、歌も歌う。幸せだろ?」
「そうですね」
幸せであることについては僕も異論はない。
「で、人の子よ。おぬし名は?」
「ヴィノと申します」
「そうか、ヴィノ。面白いことを始めたのう」
蒸留器を叩きながらにやりとするメルティア様。
「蒸留ですか」
「それよ。おぬし、この知識どこで得た」
この質問に僕は一瞬迷った。
相手は神を自称している。だとすれば嘘は良くないだろう。
「前世と思われる記憶から得ました」
それを聞いてメルティア様は初めて真顔になった。
「前世か、おぬし覚えておるのか」
「思い出した、という方が正確かと思います」
メルティア様は腕を組んで唸った。
「……本来、神の規則としては前世の記憶を知覚した者にはそれを忘れ直してもらわねばならないことになっている」
「……」
僕は黙った。メルティア様は悩んでいるそぶりを見せている。
「だが」
その目が先ほど空にした器を見た。次に蒸留器を。
間違いなく酒の誘惑。この女神、酒飲みたさに神の規則を破ろうとさえ悩んでいる。さすがお酒の女神様である。
「これをこのまま忘れさせてしまうのはあまりに惜しい。そう、世界にとっての損失だ」
「しかし、規則なのではないのですか」
僕は敢えて規則を強調した。
僕はその規則に従って記憶を消されたくはない。そう思っていた。酒作りに関する膨大で広範な知識、そしてその酒に合わせた数々の料理の知識、知ってしまった今となっては絶対に手放したくはない。
「……おぬし、わしの使徒にならんか」
女神の頭脳がついに抜け道を発見した。
「使徒ですか?」
「うむ、わしのために働く人間、その使命のために必要な知識となれば消すわけにはいかんということになる」
「なりますか」
「なる。する。した」
「使命というのは、どのような?」
「それよ!」
メルティア様は手を叩き、悪い顔をした。
「おぬし、その知識でうまい酒を造れ」
悪い顔する必要あった?
「最近の、あちこちで出来上がる酒を見ても面白くないのだ。ずーっと同じような酒ばかり作って進歩がない。おぬし、そういうのできそうであろ?」
「まぁ、はい」
前世の知識と経験を使えば、多少はできるかもしれない。
「じゃあ契約成立じゃな!?」
「分かりました」
僕は頷いた。美味しい酒を造る、それは今の僕にとっても望むことだった。
僕の返答を聞いて、メルティア様は笑顔を浮かべた。
先ほどまでの好き放題騒いで酒を飲みたそうにしていた顔ではなく、慈愛を感じさせる女神の笑顔だった。
「頼んだぞ」
そしてメルティア様の姿が消えた。
「ヴィノ様!」
エマの声がした。
「そんなものを口にしてはいけません!」




