初めての蒸留
僕はさっそく行動を開始した。
男爵家の次男坊というのは、やらなきゃいけない義務もあまりない。僕は町のお祝いにだけ顔を出し、村々をめぐるために出発する父と兄さんを見送っていた。
その間に僕は館で図面を書いた。
簡単な、小さな蒸留器だ。僕の小遣い程度で作れるであろうサイズだった。試しにやってみる、というだけならこれくらいでいい。
新年の祝祭期間が終わってすぐ、僕は町の金物師に制作を依頼した。金物師は何に使うのか想像もつかないという様子だったが、僕の説明を聞いて一応は理解してくれたらしい。
「坊ちゃんのお願いですから、やってみますよ」
こういう時領主の子という身分は役に立つ。
10日ほどすると、金物師は館にそれを持ってきてくれた。僕はそれをさっそく庭に設置した。
銅でできたひょうたんみたいな容器の上からひょろっと管が伸びて、その管が横の円柱の缶の中へと入っていく。ひょうたんに液体を入れて火にかけ、蒸気が管を通って缶の中で冷やされ、液体に戻るのである。
「ヴィノ様、何なんですこれ?」
手伝いに駆り出されたメイドのエマが不思議そうに眺めている。もう10年ほど館に努めている中年のメイドだ、僕に対する扱いが気安い。
「錬金術の道具だよ」
「れ、錬金術!? これで金ができるんですか!?」
エマは驚いている。無理もない、錬金術と聞けば普通はそう考えてしまうだろう。
「これは液体を扱うためのものだから、金はできないよ」
「へ、へぇ。ヴィノ様、いつの間に錬金術なんて」
「実はちょっとね」
前世の知識です、と言って分かるとは思えない。輪廻転生、前世という発想がこの世界にはないのだ。
僕はエマに手伝ってもらいながら準備を整えた。
ひょうたん部にネークを入れ、炭火で下から温める。果たしてうまくいくだろうか。管はちゃんと先まで通っていたから、少なくとも爆発するなんてことはないはずだ。
「ヴィノ様、離れて」
エマが警戒している。
「え、大丈夫だよ」
「駄目です離れて」
僕は渋々エマに従って5歩下がった。
しばらく待っていると、中のネークが沸騰し始めたようだ。管の部分の塞ぎきれなかったらしい隙間から蒸気が少し漏れ出した。
甘い香りが風に流されて僕のところにまで漂ってきた。
(あぁもったいない)
この香りを取り出したいのに。次はもっとしっかり隙間をふさごう。
残る問題は、蒸気となったアルコールと香りがちゃんと液体に戻るかだ。前世の僕もこんな小さな規模の蒸留はやったことはないようで、実践編では役に立たない。
ぽたり。
冷却缶の下部から飛び出した管の先端から水滴が垂れた。受け止めるための小さな木の器に一滴。
すぐにもう一滴。
ぽたぽたと立て続けに垂れてきた。
「成功だ!」
僕は両手を握った。
「え、こんなものですか?」
僕の感動はエマに伝わらなかったらしい。もっと劇的な何かが起こるとでも思っていたのかもしれない。
「そうだよ、こんなものだよ」
眺めているうちに100mlくらいは溜まっただろう。
僕は蒸留された液体が入った器を交換して、中身を確かめた。透明な液体が中に入っていた。
香りを確かめてみる。
ネークの甘い香りはほとんどどこかに行き、アルコールの刺激のある香りと、なんとも言い難い荒々しいハーブのような香りがある。
僕はそれを一口飲んでみた。
まずアルコールが口の中でパンチをしてきた。度数は強い、50度前後だろう。その後口の中で温まって香りと甘みが出てきた。
クリアなウォッカとグラッパを2対1で割ったくらいのほのかな、原料の酒桃由来と思われる未知の構成の香りがあった。残念ながら僕にはこれを表現する言葉を知らない。
まずくはない。ただ特別うまいというほどでもない。
「こんなもんか」
蒸留の時間や温度を研究して改善の余地はあるだろう。なにしろこれは初めての蒸留実験なのだ。
「エマも飲んでみる―――」
振り返って器をエマに差し出そうとして、僕は気づいた。
エマが、僕を止めようと手を伸ばしたまま固まっている。絶対に不自然な態勢に目を見開き口も開きかけ。普通はこんな中途半端なところで止まったら倒れてしまうだろう。
「……どうしたの?」
聞いても反応がない。
「小僧」
背後、蒸留器のある方から低い女の声がして、僕はそちらへと向き直った。
「面白そうなことやっておるのう」
おっぱいの大きな知らない女が蒸留器の脇に座り、今抽出されたばかりの蒸留酒の器を持って眺めていた。




