遠縁の伯爵
「遠いところ、良く来たな」
ジーエンフォルン伯爵は、僕が届けた父からの手紙を閉じると、僕に向かって握手を求めて来た。
「ありがとうございます」
僕は握手に応じた。
ジーエンフォルン伯爵領は、エクタフ男爵領から北東へ十日ほど行ったところにある。
四代前のエクタフ男爵が当時のジーエンフォルン伯爵の三女を娶ったらしく、一応遠縁にあたる関係にあった。
伯爵は、すらりとしながらも鍛え上げられた体が迫力を出している五十歳くらいの中年男性で、厳しそうな赤い瞳は僕がどんな人間かを測ろうとしているようだった。
「男爵の手紙によると、醸造の研究をされているとか」
「はい。ネークやビールについて、新たな可能性を探りたいと考えております」
僕はそう説明した。本当は、寒いところになら低温耐性のある酵母がいるのではないかと思い探しに来たのだが、さすがにそこまで説明するのは専門的すぎる。
「ほう」
伯爵の顔を見ても、儀礼的な笑顔を張り付かせていて、どういう感想を持っているのかは分からなかった。
「協力してほしいことがあればいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「宿はどうするつもりなんだ?」
「研究でいろいろとやりますので、街でどこか空き家を借りられたらと考えています」
「そうか。口添えはしよう。時に、今夜は特に予定はないだろうね。わが家においてささやかなパーティーを予定していて、町の有力者も参加するから、ぜひ君も参加したらいい」
どうやら一応歓迎はされているらしい。ちょっと安心した。
「ぜひよろしくお願いします」
「それでは夜に。あぁ、もちろん家が借りられるまでは我が館に滞在してもらってかまわないからな」
こういう淡々とした方なのだろう。僕は伯爵の執務室から退出した。
使用人にあてがわれた客室に案内してもらい、僕は一休みした。
夜はパーティーだという。有力者を集めてということだから、懇談会のようなものだろう。そこで顔を繋いでおけば、いざという時にお願いもしやすくなる。
領内の商人たちの連携を深めることは領主にとっても重要なのだ。
僕は馬車に積んでいた荷物の中から衣服が入っているケースを持ってきてもらい、略礼装に着替えた。
パーティーの時間までは間があるはずだ。僕は窓際の椅子に座ると、ハーブに関する本を取り出して開いた。
窓から夕日が差し込む時間になって、ドアがノックされた。迎えが来たのだ。
「どうぞ」
応じながら本を閉じて立った。
ドアが開き、青いドレス姿の少女が入ってきた。小柄で、僕より少し年下くらいだろうか。ハチミツ色の金髪と赤い瞳が伯爵と同じだが、彼女は随分と大人しく可愛らしい印象だった。
「ジーエンフォルン伯爵の次女、フィネアと申します」
フィネアがスカートをつまみ礼をした。
「エクタフ男爵の次男、ヴィノです」
僕も礼を返した。
「お父様から、ヴィノ様をエスコートするよう仰せつかりました。ご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
僕は彼女と並んで会場へと向かった。会場は館内のホールらしい。
「ヴィノ様はなぜこちらへ?」
「ネークやビールなどの醸造の研究をしていまして、父の領地とは風土が違うこちらではどうしているのか調べるために参りました」
「まぁ、お酒造りですか。こちらでも作られるのですか?」
「その予定ですよ」
「まぁ、出来上がったらぜひ飲ませてくださいね」
フィネアはころころと表情を変える子だった。裏表もなさそうで、きっと周囲に可愛がられていることだろう。
歩きながらエクタフ男爵領のことなどを聞かれるままに答えていると、会場についた。
閉まっている両開きの大きなドアの前に使用人が立っていた。中で奏でられている音楽が少し漏れ出てきていた。
僕らの姿を認めて使用人がさっと中に入った。
ゲスト入場である。
僕が左ひじを軽く曲げると、フィネアはそこに右手をかけた。
扉の前で一度立ち止まる。
向こう側から、両開きの扉が開けられた。
音楽が飛び出してくる。
ホール中の目が僕を見た。
「エクタフ男爵の子、ヴィノ・エンメルド様!」
一歩踏み出した。




