東横綱
ヨハン・クライフ・アレナの熱気は、キックオフの瞬間から最高潮に達していた。
オランダ・エールディヴィジの覇権を争う伝統の一戦、アヤックス対PSV。
ホームの大歓声を背に受けるダン・ホルトーリは、前線で静かに牙を研いでいたが、試合は開始早々からアヤックスにとって予想外の荒れ模様となる。
PSVの左ウイングに君臨するその男――アイルランド籍のモンゴル系、ドルシー。
左右ウイングをどちらも超一級のクオリティでこなすプレースタイル(つまり、両足使える)と、
メディアが付けた『東横綱』(前後半で陣地入替後も東に位置する)の異名は伊達ではなかった。
性格は天真爛漫、しかしその肉体と推進力は怪物そのものだ。
「行くヨ!」
ドルシーが仕掛けた瞬間、スタジアムの空気が爆ぜた。
それはまさに大相撲の『一気の寄り』だった。
モンゴル相撲で鍛え上げられた圧倒的な体幹の強さと、爆発的な一歩目の加速。アヤックスの右サイドバックが身体を寄せようとするが、ビクともしない。力でねじ伏せるようなドリブルで中央へ強引に侵入すると、守備陣がカバーに入る間もなく、弾丸のようなシュートをゴールネットに突き刺した。
重い衝撃音が響き、前半5分にしてアヤックスは先制を許す。0-1。
ドルシーはピッチのあちこちへ向かって天真爛漫に笑顔を振りまき、無邪気に喜びを爆発させている。まだこの時、ドルシーは前線に孤立気味のダンのことなど視界に入っていなかった。マドリードからやってきた新しいフォワード、その程度の認識だった。
失点による動揺は、アヤックスの若い守備陣をさらに狂わせる。
それからわずか10分後、再びPSVのコーナーキックのチャンス。
精緻なクロスが中央へ上がった瞬間、マークを引き剥がして頭一つ抜け出したのは、またしてもドルシーだった。
空中戦での圧倒的な競り合いの強さ。泥臭く、しかし破壊的なヘッドが放たれ、ボールは容赦なくゴールへと吸い込まれた。
2点目。前半15分で0-2。
ホームのアレナが静まり返る中、早くも試合の趨勢を決したとばかりに、PSV陣営には余裕のムードが漂い始める。
完全にアヤックスを舐め始めたドルシーは、退屈したのかポジションをチェンジし、ダンのいる前線へとふらりと歩み寄ってきた。
「ダン、お前もっと凄いと思ってたヨ。全然ボール来ないネ、がっかりネ」
悪気のない、純粋ゆえに残酷な言葉。ドルシーにとって、前線で沈黙しているダンは「大したことのない選手」に見えていた。
だが、ダンは何も言い返さない。ただ碧き瞳の奥で、静かに、そして鋭く、逆襲の炎を燃え立たせていた。
若手の頃は大相撲関連のプレスでも、天真爛漫と表現されてたんだけどね。いつの間にか歪められてしまった。
大相撲を離れてからの方が幸せに見えるのが皮肉。




