蹴球の真髄
アムステルダム市内の宿舎。荷解きを終えたダンは、ノートPCの画面を見つめていた。
画面に表示されているのは、フィンランドにいる母、真由美から転送されたデータ。
日本サッカー黎明期、世界で初めて無回転キックを操った伝説の男――本竹井助の遺品である日記のデジタルコピーだった。
真由美は、この他にも井助関連の出版物の切り取りデータも時折送信してくれる。
現在では明らかとなった井助の技術、事跡関連の出版物が氾濫しているが、ダンに有用と思われる記述を見つけたら、まとめを制作してくれているのだ。
ダンは静かに、井助の遺した思考の跡を辿っていく。
画面には文語表現が混じる井助の戦術観が、ダンの碧き瞳に映り込んだ。
『本朝の蹴球は、滅私奉公を美徳とする。しかし、それは組織に個を殺させる言い訳に過ぎぬ。真の戦術とは、圧倒的な“個”の存在を大前提とす。強弱緩急、そして時・場・状況。それらを完全に掌握した個が、局面において最も効果的に周りを活かし、また自らを活かす。それこそが究極の調和という蹴球の真髄なり』
滅私奉公と書き出すも、その底念にあるのは圧倒的な個。
読み終えるや否や、ダンの脳内に全てのピースが驚くべき速度で結合した。
(メッシ奉公だな)
口元に不敵な笑みが浮かぶ。
現代サッカーにおける絶対的な個の象徴、リオネル・メッシ。彼は組織のシステムに縛られない。だが、ピッチの状況(TPO)と敵味方の緩急を冷徹に見極め、ある時は一歩も動かずに空間を味方に提供し、またある時は圧倒的な野生の個で敵の守備網をズタズタに引き裂く。状況に応じて完璧に『奉公』し、それでいて組織の誰よりも王として君臨する。
これこそが、井助の求めた戦術の答えであり、ダンがこれから実体化させるべき概念だった。
ボケじゃなくて、僕は本気で「メッシ奉公」と考えています。
圧倒的な個が現れて、それに対抗(戦術)、模倣(個人技)が広がって行きます。
その圧倒的な個が、組織内の機関でありつつ、組織で解決できない時は野性の牙を剥ける状態が最も強いと。




