イビサの陽光の下
地中海の真珠と呼ばれるイビサ島。その南部に位置する白壁のプライベートヴィラには、爆音のEDMと、男たちのむさ苦しい笑い声が響いていた。
「おいダン! カスティージャの時の監督が見たら泣き崩れるぞ、そのタッチ!」
ヤジを飛ばしたのは、昨シーズンまで共にプレーしたングゥアチュチュ。
同じくカスティージャ時代の友人、マリオとチョビの弾ける笑顔がそこにあった。
ヴィラに併設されたプールサイド。白い砂が敷き詰められた特設コートで、彼らは身内の罰ゲームを賭けた『フットバレー(足テニス)』に興じている。シーズン中の張り詰めた空気から解き放たれ、マドリードの旧市街下町バリオのバルで、ハモンやチュロスを突っついていたあの頃のような、悪ガキのノリが一瞬で戻っていた。
「うるさいな。まだ砂の感覚にアジャストしてないだけだ」
濡れた前髪を払うダン。
寸分の狂いもない完璧な大樹の軸足を持つはずのダン。しかし不安定な砂の上、かつ狭いコートで行う足テニスは、また異なる繊細さを要求された。
(……右足なら、砂に軸足を取られても直感でアジャストできる)
だが、ダンの狙いはそこにはなかった。
ネット際、ふわりと浮いたロブがダンの頭上を越えようとする。
(ここだ。あえて逆足で、極上の柔らかさを試す――)
ダンは左足を鋭く振り上げた。普段の試合なら強烈なキックを叩き込む非利き足。それを、あえてインサイドの面で優しく包み込み、ネット際にドロップさせる――その算段だった。
しかし。
「あ、」
踏み込んだ右の軸足が、想像以上に深く乾いた砂に流された。
コントロールが砂の気まぐれによってわずかに狂う。左足のつま先に当たったボールは、繊細な軌道を描くことなく、あさっての方向――ヴィラが誇る巨大なインフィニティプールへと向かって、力なく弾んでいった。
ポチャ、と間の抜けた音が響く。
「はいアウトーー!!」
「ディナー決定! いや、その前に!」
仲間たちが邪悪な笑みを浮かべてダンに突進してくる。
「ちょっと待て、今のは軸足が流れただけで――」
「言い訳はバルデベバスに置いてこい!」
抵抗むなしく、両手両足を掴まれたダンは、放物線を描いてプールへと放り込まれた。
ザッパーン! と盛大な水飛沫が上がる。
冷たい水の中に沈みながら、ダンは不思議と悔しくなかった。むしろ、水中でぶくぶくと泡を吐き出しながら、口元が緩むのを止められなかった。
水面に顔を出し、濡れた髪をかき上げる。
「クソ……次は絶対、左で完璧にコントロールしてやる」
プールサイドでは、仲間たちがプロテインシェイカーを片手に腹を抱えて爆笑している。
皆、プロとして別々のクラブでプレーしているが、集まれば一瞬であの頃の少年たちに戻れる。
ふと、プールサイドのサンベッドに目をやった。
そこには誰も座っていない。
ダンの脳裏に、ヘルミの姿が浮かんだ。
(……数年後は、ここにそれぞれの家族や恋人が加わって、もっと賑やかになるんだろうな)
今はまだ遠いヘルシンキの空の下にいる彼女を思い、ダンはほんの少しだけ未来を先取りするように微笑んだ。
曾祖父の遺した「懸河」の系譜。それを更に昇華させるための挑戦は、オフのこの温かな悪ふざけの中から、もう始まっている。
「おいダン! いつまで水に浸かってんだ! 早く上がって次のセットだ!」
「すぐ行く!」
ダンは力強くプールサイドの縁を掴み、眩しい青空を見上げた。
自主トレ兼同窓会、憧れるなぁ




