白夜の長い影
港の見える、少し落ち着いた佇まいのテラスカフェ。
ヘルミは仕草の一つ一つに育ちの良さを感じさせる手つきで、ベリーの紅茶にそっと砂糖を落とした。
彼女の上品なサマードレスが、ヘルシンキの心地よい夏風にふわりと揺れている。
「ふふ、アムステルダムでも相変わらず、ストイックな生活のようね」
クスッと上品に微笑むヘルミ。けれどその瞳には、メッセージのやり取りだけでは埋められなかった、少しの寂しさが隠しきれずにいた。
画面の向こうのダンは、どんどん世界の遠くへと行ってしまうように見えたからだ。
「……これ、お土産」
ダンは照れ隠しのように、アムステルダムで用意してきた小さな箱をテーブルに置いた。
「え……?」
ヘルミが驚いて箱を開けると、中から出てきたのは、アムステルダムの老舗ジュエラーで選んだ、上品な一粒パールのブレスレットだった。
「おかしなものは渡せないし……かと言って、俺はそういうの疎いから。店のやつに聞いて、これが一番、ヘルミに似合うと思って」
頭を掻きながら、視線を斜め下に逸らすダン。
その様子を見て、ヘルミの胸の奥がじんわりと熱くなる。慣れないジュエリーショップへ足を運び、自分の姿を思い浮かべながら選んでくれたのだ。
「……ありがとう、ダン。とっても素敵。今、着けてもいいかしら?」
「あ、ああ。……着けようか?」
少し不器用な手つきで、ヘルミの細い手首にブレスレットを留めるダン。指先が触れるたび、小さな電流が走る。
「メッセージでは『別に何も買ってない』って、あんなにぶっきらぼうに言っていたのに。やっぱり、嘘つきね」
「う……。あれは、その、渡すまで気に入ってもらえるか分からなかったからで……」
完全に形勢逆転だった。天才が、目の前の少女の微笑み一つで完全に翻弄されている。
「でも、嬉しいわ。……これで、離れている時も寂しくないもの」
お嬢様らしい凛とした佇まいのまま、けれど耳まで真っ赤にして呟いたヘルミの言葉に、ダンの心臓が大きく跳ねた。
カフェを出て、白夜の柔らかな光に包まれた公園の並木道を歩く。
夕刻を過ぎているはずなのに、空はまだ昼下がりのように明るい。けれど、二人の距離は、出会った時よりもほんの少しだけ縮まっていた。
「ねえ、ダン」
「ん?」
ヘルミが、きらきらと輝く手首を少し持ち上げてみせる。アムステルダムの老舗で選んだ一粒パールのブレスレットが、彼女の白い肌によく映えていた。
「ブレスレット、本当に気に入ったわ。だから……その、お礼」
そう言うと、ヘルミは少しはにかみながら、そっとダンの大きな右手の近くへ、自分の手を寄せた。
控えめな仕草で、ダンのシャツの袖口を、今度は指先でそっと包み込むように握る。
「な、お礼って……」
ダンの顔が、一瞬でカッと熱くなった。
「これなら、はぐれないでしょ? ……なんて。少し、子供っぽかったかしら」
上目遣いで、悪戯っぽく、けれど少しだけ不安そうに微笑むヘルミ。
ダンは心臓の鼓動が耳の奥でドクドクと跳ねるのを感じていた。
プロとしてまあまあの額を稼げるようになっても、目の前の幼馴染の可憐さの前では、十九歳のただの男の子に戻ってしまう。
(……手を、握るべきか?)
ダンの大きな右手が、緊張でわずかにピクリと動いた。指先が、ヘルミの小さな手のひらに触れそうになる。
けれど、次に彼女と会えるのは、また何ヶ月も先の事だ。今ここでその先へ進んでしまったら、離れている時間が耐えられなくなるかもしれない。
結局、ダンは開いた手をぎゅっと握りしめ、ポケットに突っ込むのが精一杯だった。
「……ずるいな、ヘルミは」
「ふふ、困らせてしまったかしら?」
男らしくリードすることもできず、ただ耳を真っ赤にして歩調を速めるダン。その後ろを、ヘルミはお嬢様らしい上品な足取りで、嬉しそうに、けれどやっぱり少しだけ名残惜しそうについていく。
繋がれなかった二人の手。
けれど、お互いの距離は確かに、影よりも近くに重なり合っていた。
共感を得られるかわからないけど、19の頃、周囲はこんなものでした。
しかも、金ねンだわw




