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敵国宰相に転生した亡国騎士は孤独な玉座で魔王を演じる~死に戻りの末に絶対的権力を握り、裏で故郷を復興させます~  作者: 黒崎 隼人


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第7話「灰塵に舞う狂刃」

 炎の熱線が、横転した馬車の残骸から容赦なく顔面を焙る。

 肺を満たすのは、木材が炭化する刺激臭と、むせ返るような土埃だ。

 夕闇の路地裏を包囲する十人近い黒装束の魔法使いたち。

 その杖の先端には、致死量の魔力が赤黒い光となって収束しつつある。

 アルスは瓦礫を背にしながら、己の無力さを呪っていた。

 愛用の長剣が手元にあれば。

 あるいは、この体に宿る膨大な魔力を引き出すための理論を知っていれば。

 だが、今の彼にできるのは、無様に焼け死ぬ瞬間を待つことだけだった。


「閣下、お下がりください」


 背後から響いたセスの声は、ひどく平板だった。

 感情の起伏が完全に削ぎ落とされた、無機質な響き。

 銀の甲冑が炎の光を反射して赤く染まり、抜身の長剣が鈍い輝きを放っている。

 彼がどちらに向かって刃を振るうのか、アルスには予想がつかなかった。

 軍部の刺客と結託して自分を殺すのか、それとも別の目的があるのか。


 先陣を切った魔法使いの一人が、無言のまま杖を振り下ろした。

 空気を引き裂くような高音とともに、灼熱の火球がセスに向かって射出される。

 直撃すれば、甲冑ごと肉体が蒸発するほどの熱量。

 アルスが思わず身を固くした瞬間、セスの姿が視界から完全に消失した。


 石畳が爆発するように砕け散る。

 火球が着弾したのは、セスが先ほどまで立っていた無人の空間だった。

 もうもうと立ち昇る煙を切り裂き、銀色の流星が黒装束の群れへと突っ込んでいく。

 セスだった。

 人体の構造を無視したような、異常な前傾姿勢での疾走。

 彼は魔法による障壁すら展開していなかった。

 ただ純粋な身体能力だけで、重力すら欺くような速度を生み出している。

 先頭の魔法使いが驚愕の声を上げるより早く、セスの長剣が首筋を薙ぎ払った。

 鮮血が弧を描いて噴き出し、熱された石畳に黒い染みを作っていく。


「なっ、迎撃しろ」


 統率を失いかけた暗殺者たちが、慌てて杖の狙いをセスに定める。

 無数の魔力弾が乱れ飛び、路地裏の壁を削り、火花を散らした。

 しかし、そのどれもがセスの残像を掠めるにとどまる。

 刃が肉を断つ不快な音が、連続して夜空に響き渡る。

 セスの剣術は、騎士アルスが長年培ってきた正統なそれとは対極にあった。

 防御という概念が完全に欠落しているのだ。

 自らの肉体を犠牲にしてでも、最短距離で相手の急所を貫くことだけを目的に最適化された、殺人機械の動きだ。

 甲冑の隙間を魔力刃が切り裂き、セスの脇腹から血が飛沫を上げる。

 だが、彼は顔色ひとつ変えずに踏み込み、自らを傷つけた術者の心臓を正確に串刺しにした。


「化物め」


 残された数人の暗殺者が、後ずさりを始める。

 帝国軍の精鋭である彼らすら、セスの異常性に戦意を喪失しつつあった。

 恐怖が冷たい波となって空気を伝染していくのがわかる。

 セスは血濡れた剣を無造作に振り払い、静かに標的を見据えた。

 その口元には、三日月のように歪んだ笑みが張り付いている。

 獲物を屠る喜びではない。

 主の敵を排除するという、あらかじめ設定された命令を実行するだけの、空虚な狂気。


◆ ◆ ◆


 数分後。

 路地裏には、凄惨な死体の山が築き上げられていた。

 四肢を断たれ、内臓をぶちまけられた黒装束の残骸。

 むせ返るような鉄の臭いが、炎の煙を打ち消して周囲を支配している。

 返り血を全身に浴びたセスが、ゆっくりとアルスの方へ振り返った。

 銀の甲冑は赤黒く汚れ、端正な顔にも幾筋もの血がこびりついている。


「ご無事ですか、閣下」


 先ほどまでの狂乱が嘘のように、その声はどこまでも穏やかだった。

 アルスは瓦礫から立ち上がりながら、密かに拳を握りしめる。

 この襲撃は、セスの手引きではなかったのだ。

 昼間の最高会議で軍部の作戦を白紙撤回させたことへの、直接的な報復。

 軍部の急進派が差し向けた、正真正銘の暗殺部隊。

 そしてセスは、宰相であるギルベルトを守るために彼らを鏖殺した。


「怪我はない」


 短く答えるアルスに対し、セスは剣を鞘に納め、静かに歩み寄ってくる。

 その足元で、死に絶えた暗殺者の血が音を立てて弾けた。


「……閣下が弱腰な決断をされるから、このような羽虫が寄ってくるのです」


 セスの言葉が、冷たい刃のようにアルスの胸に突き刺さる。

 やはり、この男にとってアルスの政策変更は弱さの証明でしかなかったのだ。


「帝国を統べる者は、絶対の強者でなければなりません。他者の命を奪うことをためらうような者に、この広大な領土を維持することは不可能です」


 それは、セスなりの忠告であり、同時に最後通牒でもあった。

 もしアルスがこれ以上、ルミナ王国への情けを見せれば。

 もし帝国の権力者としての残虐性を失えば。

 そのときこそ、この血塗られた狂刃は、主であるアルス自身の喉元を正確に掻き切るだろう。

 死の螺旋を抜け出したと思っていたが、それは大きな間違いだった。

 自分は今、軍部という巨大な敵と、セスという狂気の監視者という、二つの断崖絶壁に挟まれた細い糸の上を歩かされているのだ。


「勘違いするな、セス」


 アルスは声のトーンを極限まで落とし、血に染まった護衛の目を真っ向から見据えた。


「軍の進軍を止めたのは、より巨大な獲物を確実に仕留めるための罠だ。私の決断に、血の匂いが足りないとでも思ったか」


 すべてはハッタリだった。

 だが、生き延びるためには、この血塗られた帝国の怪物になりきるしかない。

 セスの瞳の奥で、わずかに光が揺れた。

 冷酷な宰相としての仮面を、皮膚と骨の裏側まで縫い付ける。

 ルミナを救うための戦いは、自らの魂を悪魔に売り渡すことと同義だった。

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