↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屋根裏の花嫁――ソーンフィールドの三つの魂  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

第八話 凍った道での出会い

 その日の午後、私はヘイという村まで、フェアファックス夫人に頼まれた手紙を出しに行った。凍てつく風の吹く、静かな冬の道だった。


 道の途中、私は腰を下ろし、しばし沈む夕陽を眺めていた。ロウードでの八年間、そしてソーンフィールドでのこの数ヶ月——変わらない日々の中で、こうして一人、景色を眺める時間だけが、私にとって唯一の贅沢だった。


 そのとき、静寂を破るように、馬の蹄の音が近づいてきた。


 振り返ると、大きな黒い犬を先導に、一頭の馬が凍った道を駆けてくるのが見えた。私は道の端に寄り、馬が通り過ぎるのを待った。だが次の瞬間、馬の蹄が氷の上で滑り、馬とその乗り手は共に、大きな音を立てて道の上に転倒した。


「大丈夫ですか?」


 私は慌てて駆け寄った。乗り手の男は、痛みに顔をしかめながらも、なんとか身を起こそうとしていた。


「怪我はありませんか」


「見ての通りだ。足首をやられたらしい」


 その声には苛立ちが滲んでいたが、同時にどこか、自嘲的な響きもあった。私は男の顔を、初めてまじまじと見た。


 美男子ではなかった。厳しい眉と、深く彫り込まれたような目元。だがその目には、何か強い意志の光——あるいは、長年抑え込んできた何かの燻りが、確かに見て取れた。


 彼は私の肩を借りて立ち上がり、馬に乗り直した。


「君はどこの娘だ。この辺りでは見かけない顔だが」


「ソーンフィールド・ホールの家庭教師です。ミス・エアと申します」


 その言葉に、男は初めて、興味深そうな表情を見せた。


「ソーンフィールドの……。ではロチェスターの屋敷の人間か」


「はい。もっとも、ロチェスター様御本人には、まだお目にかかったことがありませんが」


 男は、その言葉に、ふっと小さく笑った。それはどこか、皮肉めいた笑いだった。


「なるほど。では、今日、その運の悪い出会いを果たしたわけだ」


 私は驚いて、男の顔をもう一度見つめた。


「あなたが……ロチェスター様?」


「いかにも」


 彼はそう言って、馬を進め始めた。だがその去り際、彼は一瞬、私を振り返った。


「君の目は、ずいぶんと物を見る目だな、ミス・エア。他人の言葉の裏側まで、覗き込むような目をしている」


 その言葉を残し、彼は夕闇の中へと消えていった。


 私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。あの男の目に宿っていた、あの燻りは何だったのだろう。まるで、何か重い秘密を、長年一人で抱え続けてきたような——そんな影が、確かにあった。


 その夜、屋敷に戻ると、フェアファックス夫人が慌ただしく出迎えた。


「旦那様がお戻りになりましたよ、ミス・エア。急な落馬事故があったとかで」


 私は驚いたふりをしながら、あの道での出来事を胸の内にしまった。あの厳しい目をした男が、この屋敷の主人であり、アデルを「娘」と呼ばない人物であり、そして——三階に何かを閉じ込めている人物なのだと、私はまだこの時、確信までは持てずにいた。


 だが、あの目を見た瞬間から、私は感じていた。この屋敷の静けさの下には、まだ語られていない、いくつもの物語が眠っているのだと。


 そしてその物語の中心に、あの男がいるのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。