第八話 凍った道での出会い
その日の午後、私はヘイという村まで、フェアファックス夫人に頼まれた手紙を出しに行った。凍てつく風の吹く、静かな冬の道だった。
道の途中、私は腰を下ろし、しばし沈む夕陽を眺めていた。ロウードでの八年間、そしてソーンフィールドでのこの数ヶ月——変わらない日々の中で、こうして一人、景色を眺める時間だけが、私にとって唯一の贅沢だった。
そのとき、静寂を破るように、馬の蹄の音が近づいてきた。
振り返ると、大きな黒い犬を先導に、一頭の馬が凍った道を駆けてくるのが見えた。私は道の端に寄り、馬が通り過ぎるのを待った。だが次の瞬間、馬の蹄が氷の上で滑り、馬とその乗り手は共に、大きな音を立てて道の上に転倒した。
「大丈夫ですか?」
私は慌てて駆け寄った。乗り手の男は、痛みに顔をしかめながらも、なんとか身を起こそうとしていた。
「怪我はありませんか」
「見ての通りだ。足首をやられたらしい」
その声には苛立ちが滲んでいたが、同時にどこか、自嘲的な響きもあった。私は男の顔を、初めてまじまじと見た。
美男子ではなかった。厳しい眉と、深く彫り込まれたような目元。だがその目には、何か強い意志の光——あるいは、長年抑え込んできた何かの燻りが、確かに見て取れた。
彼は私の肩を借りて立ち上がり、馬に乗り直した。
「君はどこの娘だ。この辺りでは見かけない顔だが」
「ソーンフィールド・ホールの家庭教師です。ミス・エアと申します」
その言葉に、男は初めて、興味深そうな表情を見せた。
「ソーンフィールドの……。ではロチェスターの屋敷の人間か」
「はい。もっとも、ロチェスター様御本人には、まだお目にかかったことがありませんが」
男は、その言葉に、ふっと小さく笑った。それはどこか、皮肉めいた笑いだった。
「なるほど。では、今日、その運の悪い出会いを果たしたわけだ」
私は驚いて、男の顔をもう一度見つめた。
「あなたが……ロチェスター様?」
「いかにも」
彼はそう言って、馬を進め始めた。だがその去り際、彼は一瞬、私を振り返った。
「君の目は、ずいぶんと物を見る目だな、ミス・エア。他人の言葉の裏側まで、覗き込むような目をしている」
その言葉を残し、彼は夕闇の中へと消えていった。
私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。あの男の目に宿っていた、あの燻りは何だったのだろう。まるで、何か重い秘密を、長年一人で抱え続けてきたような——そんな影が、確かにあった。
その夜、屋敷に戻ると、フェアファックス夫人が慌ただしく出迎えた。
「旦那様がお戻りになりましたよ、ミス・エア。急な落馬事故があったとかで」
私は驚いたふりをしながら、あの道での出来事を胸の内にしまった。あの厳しい目をした男が、この屋敷の主人であり、アデルを「娘」と呼ばない人物であり、そして——三階に何かを閉じ込めている人物なのだと、私はまだこの時、確信までは持てずにいた。
だが、あの目を見た瞬間から、私は感じていた。この屋敷の静けさの下には、まだ語られていない、いくつもの物語が眠っているのだと。
そしてその物語の中心に、あの男がいるのだと。




