第三話 証拠にされた夜
父が死んだのは、結婚から二年目の夏だった。
熱病だったと聞いている。だが屋敷の空気は、悲しみよりも別の何かで満ちていた。財産分与の話し合いが、父の遺体が冷めきる前から始まっていたからだ。
私の持参金と、いずれ相続するはずだった財産の扱いについて、夫と兄は幾度も書斎に籠った。私はその話し合いに呼ばれなかった。自分の財産の行方が決まる場に、私自身が同席を許されないというのは、どういう気分か——おそらく、あなたには想像もつかないだろう。
ある夜、私は書斎の扉越しに、夫の声を聞いた。
「彼女の取り分は、僕が管理する。当然のことだ」
兄が何か答えていたが、聞き取れなかった。私はその場に立ち尽くし、それから、扉を開けて中に入った。
「私の財産の話を、私抜きで決めないで」
夫は振り返り、まるで喋る家具でも見るような目で私を見た。あの目を、私は一生忘れない。
「バーサ、お前の出る幕ではない」
その言葉に、何かが弾けた。認める。あの夜、私は確かに叫んだ。テーブルの上の酒瓶を掴み、床に叩きつけた。ガラスの砕ける音が、屋敷中に響いた。
愚かだったと、今なら思う。だが誰か教えてほしい——二年間、人形のように扱われ続けた女が、初めて自分の意志を示そうとした瞬間を、「発作」以外の言葉で呼ぶ方法があるのなら。
翌朝、医師が呼ばれた。私は自室に軟禁され、外から鍵をかけられた。生まれて初めて、本当の意味で「閉じ込められた」のはその日だった。
兄が部屋を訪れたのは、二日後のことだった。
「バーサ、済まない。だが、これが一番いい方法なんだ」
「一番いい方法? 何のための?」
「お前のためだ。それに……」
兄は言葉を濁した。だが私にはわかっていた。それに、メイスン家の体面のため。それに、ロチェスターとの縁を切らせないため。それに、財産を巡る面倒事を、これ以上増やさないため。
兄は昔から、そうやって言葉を濁す人だった。都合の悪い部分だけを、いつも霧の中に隠してしまう。
数週間後、私は夫からある提案を聞かされた。イングランドへ、共に移り住むというのだ。
「気候を変えれば、お前の体調も落ち着くだろう」
その言葉を、私はほとんど信じていなかった。だが選択肢は残されていなかった。財産は夫が管理し、屋敷の使用人たちは私を「病人」として扱い、兄でさえもう味方ではなかった。
船に乗る前夜、私は最後にもう一度、あの鉄格子の部屋を訪れた。母は、もう誰の顔もわからなくなっていた。ただ窓の外を見つめ、時折、意味のない歌を口ずさんでいた。
私は母の手を握った。母は私を見て、微笑んだ。あれが誰への微笑みだったのか、今もわからない。
「お母様、私も、いつかあなたのようになるのかしら」
母は答えなかった。ただ、歌い続けていた。
翌朝、私は生まれ育った島を離れた。二度と戻ることのない船旅だった。潮の匂いが遠ざかっていくのを、私は甲板から見つめていた。
あの熱い風の記憶だけを抱いて、私はイングランドという、灰色の、冷たい国へ向かった。




