第十三話 教会の鐘が止む時
#ジェーン
結婚式の朝、私は生まれて初めて、自分の幸福を疑わずに信じることができた。
簡素な白いドレスに身を包み、私はロチェスター様と共に、教会への道を歩いた。空は珍しく晴れていて、冬の澄んだ光が、石畳の上に長い影を落としていた。
牧師の前に立ち、誓いの言葉が始まった。「もしこの結婚に、法的な障害を知る者があれば、今ここで申し出よ」という、儀式的な問いかけ。私はその言葉を、ただの形式だと思っていた。
だから、その静寂を破る声が響いたとき、私は最初、何が起きたのか理解できなかった。
「この結婚には、障害があります」
振り返ると、教会の後方に、見知らぬ紳士が立っていた。旅装のまま、息を切らしている様子だった。その隣には、もう一人、痩せた法律家風の男が控えていた。
「ロチェスター氏には、すでに妻がいます。私の妹、バーサ・アントワネット・メイスンです」
その言葉が、教会の空気を凍りつかせた。私はロチェスター様の顔を見た。彼の表情は、驚きではなく——長年抱えてきた秘密が、ついに暴かれたことへの、諦めに近い何かに変わっていった。
# リチャード
僕は、自分の声が教会中に響くのを聞きながら、体が震えるのを抑えられなかった。
何年もかけて、僕はこの瞬間から逃げ続けてきた。だが今、ようやく僕は、逃げることをやめた。
ロチェスターが僕を睨みつけた。その目には、怒りと、そして——僅かながらの、安堵のようなものも滲んでいるように、僕には見えた。まるで、長年一人で抱えてきた秘密を、ようやく誰かに代わりに暴いてもらえたことへの、奇妙な解放感のような。
「証拠はあるのか、メイスン」
彼はそう言った。僕は鞄から、結婚証明書の写しを取り出した。
「ここに。それに、証人としての僕自身の証言もある」
ロチェスターは、しばらく僕を睨んでいたが、やがて、諦めたように長い息を吐いた。
「いいだろう。皆で見に行こうじゃないか。俺の『妻』とやらを」
その声には、自嘲と、そして僕の知らない何か——長年の孤独と疲弊が、深く刻まれていた。
#バーサ
階下が、いつになく騒がしかった。
多くの足音、興奮した話し声、そして、聞き覚えのある声——兄の声が、確かに聞こえた気がした。
まさか。私は耳を澄ませた。兄が、ここに?
やがて、階段を上ってくる複数の足音が聞こえた。グレースが慌てて私の部屋の鍵を開け、身なりを整えようとする間もなく、扉が開かれた。
そこに立っていたのは、夫だった。そしてその後ろに、あの家庭教師——ジェーン・エアの姿があった。白いドレスを纏った彼女は、まるで幽霊でも見るかのような目で、私を見つめていた。
そして、その一団の中に、確かに、兄の姿があった。
「バーサ」
兄が、震える声で私の名を呼んだ。何年ぶりに聞く、その声。
私は自分でも、どんな顔をしていたのかわからない。だが、あの瞬間、私の中で、何かが激しく渦巻いた。怒り、悲しみ、そして——奇妙な安堵。
「これが、私の妻だ」
夫は、冷たい声でそう言った。まるで、罪の証拠を突きつけるような口調で。
私はジェーン・エアの目を見た。彼女は、私を恐れているようでも、憎んでいるようでもなかった。ただ、深い衝撃と、そして——憐れみに近い何かを、その目に浮かべていた。
その瞬間、私の中の何かが決壊した。私は叫び声を上げ、夫に向かって駆け出した。爪を立て、あらん限りの力で。使用人たちが慌てて私を取り押さえる中、私は兄の顔を見た。
「兄さん……」
私はそう呟いた。何年も溜め込んできた言葉の、ほんの断片だった。「なぜ今頃」とも、「なぜもっと早く」とも、「ありがとう」とも取れる、複雑な響きだった。
兄は、その場に崩れ落ちるように、床に膝をついた。
「済まない、バーサ。本当に、済まなかった」
私はもう、彼を責める気力もなかった。ただ、長年の孤独の果てに、ようやく誰かが、真実を持って、この部屋の扉を開けてくれたのだという事実だけが、私の中に、小さな、しかし確かな光として残った。
ジェーン・エアは、その光景を、最後まで見届けていた。彼女の頬に、涙が伝っているのが見えた。私を憐れんでの涙なのか、自分自身の壊れた未来を悼んでの涙なのか——おそらく、その両方だったのだろう。
私たちは、被害者だった。同じ男によって、異なる形で、人生を狂わされた二人の女。
その事実に、私たちはこの瞬間、初めて、言葉を交わさぬまま、理解し合ったのかもしれない。




