第十話 階下の足音
夫が屋敷に戻ってきたことを、私は足音で知った。
何年もこの屋根裏で過ごしていると、屋敷の音というものに、恐ろしく敏感になる。階下の扉の開閉、使用人たちの足取りの速さ、暖炉に薪をくべる音の頻度——そのすべてが、屋敷全体の空気を私に伝えてくれる、唯一の情報源だった。
夫が帰ってきた日、屋敷の空気は明らかに変わった。使用人たちの足音が速くなり、階下から、久しぶりに笑い声のようなものが聞こえてきた。あの人が屋敷にいると、いつもそうだった。空気が張り詰め、同時に、どこか浮足立つ。
だが今回、いつもと違う何かがあった。
夜、階下から聞こえてくる話し声の中に、私の知らない声が混じっていた。若い女の声。控えめで、だが芯のある喋り方をする声だった。
グレースに尋ねると、彼女は少し言いにくそうに教えてくれた。
「旦那様と、家庭教師のミス・エアが、よくお喋りをなさっているそうですよ。書斎で、夜遅くまで」
その言葉を聞いたとき、私の中に湧いたのは、嫉妬——という単純な感情ではなかった。むしろそれは、もっと複雑な、説明のつかない感覚だった。
私は窓辺に座り、庭を見下ろした。あの小さな家庭教師の姿を、私はもう何度も見てきた。地味な服を纏い、足早に庭を歩く女。だが最近、その足取りに、以前とは違う何かが混じり始めていることに、私は気づいていた。
少しだけ、軽やかになっていた。
ああ、と私は思った。あの子は、彼に惹かれ始めているのだ。
私は彼女を憎むべきなのだろうか。夫の心を奪おうとしている女として。だが不思議なことに、私の中に湧いたのは、憎しみではなかった。むしろそれは、奇妙な既視感だった。
かつての私も、あの目をしていたのかもしれない。ジャマイカの屋敷で、初めて夫と出会ったあの日、彼の中に燃える何かに惹かれた、あの頃の自分と。
「あなたも、いつか気づくのかしら」
私は誰に言うでもなく、そう呟いた。
あの目に強い光を持つ男は、優しさではなく、何か燃えるものを求める。そしてその燃えるものが消え、あるいは彼にとって都合が悪くなったとき、彼は容赦なく扉を閉ざす。
私はそれを、身をもって知っていた。
ある夜、階下から悲鳴が聞こえた。続いて、慌ただしい足音と、煙の匂い。
後になってグレースから聞いた話では、夫の寝室で火事があり、あの家庭教師が彼を助け出したのだという。その話を聞いたとき、私は自分でも驚くほど、複雑な感情に襲われた。
安堵と、恐怖と、そして——嫉妬とも呼べない、もっと暗い何か。
もしあの家庭教師が、本当に夫の心に触れることができたなら。もし彼女が、私には決して開かれなかった扉を、開くことができたなら。それは、彼女にとって、幸福な未来を意味するのだろうか。
それとも、いずれ彼女もまた、この屋根裏に続く道を歩くことになるのだろうか。
「逃げて」
その夜、私は初めて、階下に向かって、はっきりとそう囁いた。誰にも届かない声で。
「あの人に近づいてはだめ。あなたも、いつか、ここに来ることになる」
だが私の声は、鉄格子の外には届かない。ジェーン・エアという女性は、まだ何も知らないまま、階下で、静かに恋に落ちようとしていた。
私はただ、暗闇の中で、その足音を聞き続けることしかできなかった。




