ep8. 最強のセーブデータ
巨大なコロシアム。
その内部は想像以上の熱気に包まれていた。
人。
人。
人。
見渡す限りプレイヤーで埋め尽くされている。
露店を開いている者や、恐竜を連れ歩く者。
家族や友人を探している者。
転移してきたばかりなのか、座り込んで泣いている者もいた。
「すごい……」
レイが呟く。
「こんなに人がいたんですね」
ハカセも同じ気持ちだった。
数千人はいるだろう。
そんなことを考えていると、
「お兄ちゃんもプレイヤーかい?」
声を掛けられた。
振り向くと、【情報屋】と書かれた看板を掲げた男が立っている。
「あ、はい」
「見ない顔だからな」
気さくな笑顔だった。
「まだ分からない事も多いんだが、」
と前置きし、親切にも様々なことを教えてくれた。
このコロシアム状の建物はアーシアンズという場所であること。
おそらくオーロラ新大陸アップデートで追加された施設であること。
ギルド関係や商業機能など、本来ユーザーインターフェース内で完結していたものが、この区域内で現実化していること。
さらに。
「この区域内では戦闘は禁止だ」
「禁止?」
「厳密には可能なんだけどな」
男は肩をすくめる。
「VESTAってギルドが管理してるんだ」
「VESTA……」
聞いたことのない名前だ。
「この街の治安維持をしてる最大勢力だよ」
なるほど。
だから秩序が保たれているのか。
「転移については何かわかっていますか?」
レイが尋ねた。
情報屋は首を横に振る。
「残念だが何も」
「そうですか……」
「みんな手探りだよ」
そう言って苦笑した。
「でも、ありがとう」
ハカセは頭を下げる。
十分すぎるほど有益な情報だった。
二人は街を歩く。
混乱している人。
楽しそうな人。
恐怖している人。
様々だ。
だが総じて言うなら、
混乱。
その言葉が一番近いだろう。
「残念ですね」
レイが言った。
「転移については何もわからなくて」
「そうだね」
ハカセは頷く。
「でもコハクくんもここにいるかもしれない」
レイが少しだけ笑った。
その時だった。
広場に大きな声が響く。
『VESTAからのお知らせです!』
人々が足を止める。
『ゲーム時代のプレイヤーで、レベル50以上だった方はこちらへお越しください!』
ざわつく群衆。
「あれ何ですかね?」
レイが聞く。
「ハカセさんは超えてるんじゃないですか?」
「一応そうだね」
「行きます?」
「行こうかな」
何か重要そうだ。
二人は人混みに混ざって移動する。
そこで見たものに、
ハカセは目を見開いた。
「これは……」
巨大な石造りの門。
中央に揺らめく青い光。
見間違えるはずがない。
ポータル。
ゲーム時代では、
ボス戦へのワープ。
離れたポータルへの転送。
サブキャラクターとの交代。
様々な用途を持っていた施設だ。
そして。
一つの可能性が頭をよぎる。
「もしかして……」
VESTAのメンバーが頷いた。
「そうだよ」
「ゲーム時代のセーブデータをロードできるんだ」
「なんだって!?」
レイが思わず叫ぶ。
周囲も騒然としていた。
しかし職員は少し困った顔をする。
「今日で二日目なんだが、ちょっと今日は人が多くてね」
「何か問題があるんですか?」
レイが聞く。
職員はポータルを指差した。
そこには文字が浮かんでいる。
DAILY 0/20
「あ」
ハカセは理解した。
「そういうことか」
「分かるかい?」
「一日に二十回しか使えないんですね」
「正解」
職員が頷く。
「転移もロードも含めて二十回だ」
なるほど。
だから優先順位を決めているのか。
職員が叫ぶ。
「レベル60以上だった方はいますか!」
手が上がる。
二十五人ほど。
「多いな……」
さらに声が上がる。
「ではレベル70以上!」
二十二人。
ほとんど減らない。
周囲から感嘆の声が漏れる。
当然だ。
このゲームの初期レベル最大値は70。
しかしVer3.0アップデート『原始の猛獣』で登場した三大ボスを倒すことで上限が10ずつ解放される。
最大レベルは100。
つまり70を超えている時点で上位プレイヤーなのだ。
「75以上はいますか!」
今度は十五人ほど。
「よし」
職員が頷く。
「まずこの十五名にロードしていただきます!」
ハカセは少し嫌な予感がした。
ロードを終えたプレイヤーたちは質問を受けている。
どうやらレベルやステータスの確認らしい。
観察していると、
ゲーム時代の生物は引き継がれない。
だが、プレイヤー自身のレベル。
アイテム、装備。
それらは引き継がれているようだった。
(なるほど……)
もしそうなら少し目立つな...。
やがて順番が来た。
ポータルの前に立つ。
表示されるウィンドウ。
セーブデータ選択。
当然選ぶのは一つ。
【ハカセ】
ロード開始。
青い光が身体を包む。
次の瞬間。
装備が変化した。
白衣のようなローブ。
眼鏡型アーティファクト。
腰のアイテムポーチ。
見慣れた装備だった。
四年間使い続けたキャラクター。
「懐かしいな」
思わず呟く。
そして案の定。
VESTAのメンバーが近寄ってきた。
「では、ステータスを見せてもらえますか?」
ハカセは少しだけ黙る。
嫌な予感しかしない。
だが。
隠す方が不自然だ。
「はい」
ステータスを表示する。
職員が確認する。
一秒。
二秒。
三秒。
沈黙。
職員の顔が固まった。
「え?」
もう一度見る。
さらに隣の職員も覗き込む。
空気が変わる。
「プレイヤーネーム、ハカセ……」
ごくり。
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「レベル……」
周囲の視線が集まる。
そして。
「103!?」
その叫びは広場中に響いた。
ざわっ。
群衆が振り返る。
レイも目を丸くする。
「ひゃ、103!?」
職員たちは信じられないものを見る目をしていた。
当然だ。
現在知られている最大レベルは100。
それを超えている。
ハカセは額を押さえた。
「あー……」
やっぱり。
目立った。
とんでもなく目立ってしまった。
そして。
広場の向こう側から。
VESTAの紋章を身に付けた一人の男が歩いてくる。
周囲の職員たちが慌てて道を開けた。
どうやら。
かなり偉い人物らしい。




