ep6.センス
妖精の泉を出発したハカセたちは、近くの洞窟へ向かっていた。
目的は羅針盤の作成。
他の転移者を探すためだ。
洞窟に入ると、ハカセは慣れた手つきでつるはしを振るった。
ガキン。
【鉄 ×8】
ガキン。
【回路石 ×4】
ガキン。
【金 ×3】
必要な素材が揃う。
「よし」
ハカセは作成画面を開く。
光が集まり、一つのアイテムが完成した。
【羅針盤】
「できた」
レイが覗き込む。
「まず、この羅針盤は一番近くのプレイヤーを指す。これは説明したね」
「はい」
「でも僕らが持っていても、お互いを指し示すから意味がない」
レイも頷く。
するとハカセは質問した。
「じゃあ、一番簡単な方法は何かわかる?」
レイは少し考える。
「私たちがとっても離れることですか?」
「そうだね」
ハカセは笑った。
「いつかはそれで探知できそうだけど、単独行動になるのはリスクがありすぎる」
今の二人では危険すぎる。
サーベルタイガー一匹ですら命懸けなのだ。
「もっと簡単な方法があるよ」
「え?」
レイは首を傾げた。
そして冗談っぽく言う。
「まさか、片方が死んじゃうとかですか?」
「うん、そう」
「―――」
数秒の沈黙。
「さっきの冗談ですよね!?」
「あはは、もちろん」
ハカセは笑った。
「でも、あながち嘘じゃないんだ」
「ほう……」
「一番簡単なのは、僕らのどちらかが羅針盤に映らない状態にすること」
「そんなことできるんですか?」
「たぶんね」
ハカセは洞窟の奥を指差した。
「ついたよ。洞窟の浅瀬だ」
Originプレイヤーたちは洞窟を三段階で呼ぶ。
浅瀬。
中層。
深層。
今いるのは最も安全な浅瀬だった。
そして。
天井から逆さまにぶら下がる影が見える。
「ニュクテリス」
ハカセが言う。
まあ、でっかいコウモリだ。
レイはその姿を見て目を輝かせた。
「へぇ、かわいいですねー」
「意外とずぶといなレイちゃん」
ハカセは苦笑する。
このニュクテリスは怖い見た目とは裏腹、昼は非敵対的である。そして睡眠矢を三本ほど当てれば眠るのだ。
問題は。
「当たらない……」
外れる。
外れる。
また外れる。
「全然当たらない」
ゲーム時代なら簡単だった。
偏差を考えてクリックするだけ。
だが現実は違う。
弓の重さ。
呼吸。
照準。
全部が難しい。
でも僕は弓なんて触ったことないのに、ある程度まともなモーションはできるんだよな。
「ゲーム的なアシストがあるのは確かなんだけどな……」
でも当たるかは別か。
すると。
「ちょっと貸してもらえますか?」
レイが言った。
「レイちゃん?」
半信半疑で弓を渡す。
レイは自然な動作で構えた。
放つ。
命中。
二本目。
命中。
三本目。
命中。
ニュクテリスが落下した。
「まじかよ」
ハカセが呟く。
レイ本人も驚いていた。
「私、多分高校で弓道部だったんだと思います」
「記憶はぼんやりなんですけど……」
弓を見つめる。
「すごく手になじみます」
「なるほどな」
ハカセは納得した。
近接武器はゲーム補正が強めだが。
遠距離武器は現実での経験が必要不可欠。
どうやらそんな感じらしい。
「助かったよ」
眠ったニュクテリスへ近づく。
「でもこれで試せるな」
「ところで、考えを教えてくださいよ」
「うん」
ハカセはニュクテリスを指差した。
「生物によっては固有スキルを持っているのは知ってるね?」
「はい」
「プテラノドンだったら空中加速、テリジノサウルスだったら採取モード、とかですよね?」
「そう」
ハカセは頷く。
「で、このニュクテリスは仮死状態という固有能力を持ってる場合がある」
「場合?」
「レア能力なんだ」
指を立てながら説明する。
「50%が《夜の目》」
「35%が《吸血》」
「残り15%が《ステルスライフ》」
「ファンタジックな能力ほど、簡単には手に入らないようになってる」
ハカセはステータスを確認した。
「お、当たりだ」
「本当ですか?」
「うん」
レイが覗き込む。
確かに表示されていた。
【固有能力:ステルスライフ】
「これはどんな能力なんですか?」
「ゲームではね」
ハカセは説明を始める。
「乗っているプレイヤーと自身を、一日最大三分間だけ仮死状態にする」
「へぇ」
「他のプレイヤーや生物に気取られなくなる代わりに、移動速度と防御倍率が半分になる」
「もしかして」
レイの目が輝く。
「羅針盤には仮死状態のプレイヤーは映らなかった、とか?」
「いや」
ハカセは首を振った。
「ゲームでは全然示されてた」
「えー」
期待しただけに残念そうだ。
しかし。
ハカセは笑っていた。
「でも可能性はあると思ってる」
「可能性?」
「ムーン鉱石と羅針盤の説明を見てみて」
レイがウィンドウを開く。
【ムーン鉱石】
生命力に反応する謎の石。この星のものではないのかも……
【羅針盤】
生命力に反応し、プレイヤーの位置を指し示す。
「そして仮死状態」
ハカセが続ける。
【仮死状態】
生命力を極限まで低下させ、他のプレイヤー、生物に気づかれづらくなる。また、自分から発生する音や光がかなり小さくなる。
レイは息を呑んだ。
「これは……」
「そう」
ハカセは頷く。
「妖精の泉って覚えてる?」
「あ、はい」
「リジェネ効果のある湖ですよね」
「あれは公式だと」
ハカセは少し声を落とす。
「妖精の住まうとされる謎の湖」
「って説明なんだ」
「それが?」
「見たんだよ」
「え?」
「妖精を」
レイが固まった。
「え、妖精ですか!?」
「そう」
ハカセも未だに信じられない顔をしている。
「あんなの、このゲームがローンチされてから一度も報告されてない」
「つまり」
「今までフレーバーテキストだと思われてた説明文が」
「この世界では本当に意味を持ってる可能性がある」
レイも理解した。
「じゃあ……」
「ゲーム時代では無理だったことが」
「ああ」
ハカセは頷く。
「今ならできるかもしれない」
その時だった。
ニュクテリスのテイムが完了する。
レイの目の前にウィンドウが現れた。
《名前をつけてください》
レイは一瞬も迷わなかった。
まるで最初から決まっていたように入力する。
【手羽先】
入力完了。
ニュクテリスの名前が設定されました。
《手羽先》
「何故?」
ハカセは思わず聞いた。
レイは真顔だった。
「なんか」
「うん」
「おいしそうなので」
「どこが?」
「全部です」
ハカセは頭を抱えた。
ジョシュは呆れたように鳴いた。
そして当の手羽先は。
嬉しそうに羽をぱたぱたさせていた。
意味は分かっていないだろうが、どうやら気に入ったらしい。




