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ep4.転移者《プレイヤー》

妖精の泉で一晩休んだことで、僕の体力はかなり回復していた。

もちろん完治ではない。

右太腿にはラプトルに噛みちぎられた痕が残っている。

だが歩ける。

それだけで十分だった。

「さて、と」

立ち上がると同時にウィンドウが表示された。

【レベルアップ】

Lv.1 → Lv.3

獲得ポイント:4

「お、そうか」

ラプトルのテイム経験値だ。

Originでは初期テイムの経験値が非常に高い。

特にラプトルは序盤では破格の報酬だった。

ハカセは迷わない。

全ポイントを敏捷値へ投入する。

【敏捷:10 → 14】

身体が少し軽くなる。

足取りも明らかに違う。

「これで少しは逃げやすくなったな」

この世界では戦うより逃げる方が大事だ。

特に今の自分は。

レベル3。

装備もほぼ無し。

肉食獣と正面から戦えるはずがない。

すると隣でジョシュが首を傾げた。

ハカセは何気なくステータスを確認する。

名前:ジョシュ

種族:ブルーラプトル

状態:健康

「ん?」

何度も確認する。

だが見間違いではない。

「レベルが無い?」

ゲームなら存在した。

レベル。

経験値。

ステータス。

すべて表示される。

しかしジョシュにはそれが無い。

表示されているのは種族と状態だけ。

「なんでだ……?」

ジョシュは生き物だからか?

この世界の生物は本来レベルなんて概念で管理されていないのか?

考え始めた時だった。

遠くから叫び声が聞こえた。

「きゃあっっ!」

ハカセが顔を上げる。

ジョシュも耳を立てた。

悲鳴。

間違いない。

人間だ。


「ジョシュ!」


ブルーラプトルが即座に身を低くする。

ハカセは飛び乗った。


「行くぞ!」 


ジョシュが地面を蹴る。

景色が一気に流れ始める。

速い。

昨日よりずっと速く感じる。

敏捷値の恩恵だろう。

森を抜ける。

草原を駆ける。

そして。

悲鳴の主を発見した。

「ひっ!」

少女だった。

高校生くらい?

僕よりは若い気がする。

長い黒髪。

必死に逃げている。

その後ろには。

サーベルタイガー。

大型犬より一回り大きい中型肉食獣。

鋭い牙が特徴の危険な捕食者だ。


「ジョシュ!」


サーベルタイガーを指差す。

ジョシュが低く唸る。

次の瞬間。

青い影が一直線に飛び出した。

ガアッ!!

ラプトルの飛び蹴りがサーベルタイガーの横腹に直撃する。

肉食獣が吹き飛ぶ。

体勢を崩した隙に叫ぶ。

「こっち!」

少女が振り向く。

目が合う。

「え!?」

「早く乗れ!!」

少女は迷わなかった。

ジョシュの後ろへ飛び乗る。

その瞬間。

ハカセは全力で叫んだ。

「逃げるぞ!!」

ジョシュが走る。

サーベルタイガーも追う。

だがブルーラプトルの脚力の方が速い。

数分後。

完全に振り切った。

妖精の泉へ戻った頃には、少女は地面に座り込んでいた。

「助かった……」

涙目になっている。

かなり怖かったのだろう。

「本当にありがとうございます」

深く、頭を下げてくれた。


ハカセも最初の日を思い出し、話しかける。

「大丈夫か?」

少女は頷く。

そして恐る恐る尋ねた。

「ここって……Origin?」

その一言で。

二人は顔を見合わせた。

話は早かった。

少女の名前はレイ。

Originを始めて一か月ほどの初心者プレイヤー。

そして。

ハカセと同じだった。

新大陸オーロラのアップデートをインストール中に気絶。

気づいたらこの世界にいた。

「やっぱり……」

ハカセは小さく呟く。

自分だけじゃなかった。

他にもいる。

転移者が。

そして話を続けるうちに、さらに気味の悪い事実が判明した。

「そういえば」

レイが首を傾げる。

「私、本名が思い出せないんだよね」

「……え?」

「レイってプレイヤーネームなのは分かるの。でも本名が出てこない」

ハカセの背筋が凍る。

自分もだった。

学校。

友達。

部活。

家族。

断片的な記憶はある。

中学時代のことも。

高校の思い出も。

覚えている。

なのに。

名前が出てこない。

年齢も曖昧。

顔すら思い出せない。

「まさか……」

レイの顔が青ざめる。

「ハカセさんも?」

「ああ」

嫌な沈黙が流れた。

記憶喪失。

いや。

正確には。

現実世界に関する情報だけが欠けている。

夕方。

妖精の泉のほとり。

ハカセは考える。

自分たちだけではない。

オーロラ実装日にログインしていたプレイヤー。

その数は数万人。

もしかすると。

この世界にはまだ大量の転移者がいる。

ならば。

やるべきことは決まっていた。

「まず仲間を増やそう」

レイが顔を上げる。

「仲間?」

「乗れる生き物だよ」

ジョシュを撫でる。

「移動手段が無いと生き残れないからね」

そして。

「他の転移者を探す」

ハカセは空を見上げる。

遠くの空にオーロラが淡く輝いている。

この世界の謎。

失われた記憶。

帰る方法。

その全ての手掛かりは、人が集まる場所にあるはずなんだ。

「まずはレイの相棒探しだな」

ジョシュが鳴く。

レイは少しだけ笑った。


―――


「レイちゃんは捕まえたい生物とかいるの?」

「私はゲームだとアロサウルスを友達に助けてもらって捕まえたのが嬉しかったけど...」


アロサウルスはラプトルよりも大きな肉食恐竜だ。


「ドラゴンに乗りたいなぁ」


それは叶えられそうにないなあ。

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