ep3.昨日の敵は今日の友「ブルーラプトル」
冷たい。
最初に感じたのは、水の感触だった。
「……ん……」
ハカセはゆっくりと目を開く。
さっ、と。
草むらに何かが隠れた気がした。
「あれは...」
木々の隙間から差し込む光が水面で揺れている。
気づけば下半身が湖に浸かっていた。
「ここ……」
見覚えがある。
いや、ありすぎる。
何百回、何千回と訪れた場所だ。
丸い湖。
透き通る水。
周囲を囲む巨大な樹木。
そして水面を漂う淡い光。
「妖精の泉……」
プレイヤーたちがそう呼んでいた特殊スポット。
正式名称は不明。
しかし、この場所に浸かると体力回復速度が上昇し、感染症や毒などの状態異常を防ぐ効果があった。
高レベルプレイヤーなら誰でも知っている有名スポットだ。
ハカセはゆっくりと右脚を見る。
昨日、噛みちぎられたはずの太腿。
傷跡は残っている。
だが出血は止まっていた。
激痛もかなり和らいでいる。
視界の端にはウィンドウが表示されていた。
【リジェネ:発動中】
【感染耐性:上昇】
【状態:負傷】
【HP:42%】
「助かった……」
思わず息を吐く。
その時。
背後から小さな鳴き声が聞こえた。
「キュルル」
振り返る。
そこにいたのは、一匹のブルーラプトルだった。
鮮やかな青い鱗。
黄色い瞳。
昨日、自分を食い殺しかけた張本人。
そして。
テイムに成功した相棒。
ラプトルは湖のほとりで座り込み、じっとこちらを見ていた。
「お前……」
ラプトルが首を傾げる。
敵意はない。
少なくとも今は。
ハカセは苦笑した。
「運んでくれたんだな」
ラプトルは返事をするように短く鳴いた。
殺されかけた。
脚も食われた。
だが今こうして生きている。
昨日の敵は今日の友。
そんな言葉が頭をよぎった。
「ありがとな」
ラプトルは少し誇らしげに胸を張った。
その仕草を見て、ハカセは思わず笑ってしまう。
だが同時に。
ある疑問が胸に浮かんだ。
周囲を見渡す。
景色はゲームと変わらない。
地形も同じ。
湖も同じ。
マップも同じ。
それなのに。
「……おかしい」
ゲームならありえない。
テイムされたモンスターは命令がなければ動かない。
ましてや瀕死のプレイヤーを安全地帯まで運ぶAIなど存在しない。
だが目の前のラプトルは違う。
自分で考え。
判断し。
ここまで運んできた。
つまり。
「この世界の生き物は……生きてる」
ハカセは呟く。
恐竜も。
モンスターも。
ただのプログラムじゃない。
記憶がある。
感情がある。
生態系を築いている。
この世界そのものが、本当に存在している。
「まじか……」
思わず頭を抱えた。
もしそうなら。
この世界はゲームじゃない。
Originによく似た別の現実だ。
その時だった。
目の前に青白いウィンドウが現れる。
《名前をつけてください》
「ん?」
ハカセはラプトルを見る。
どうやらテイム完了時の命名イベントらしい。
懐かしい。
四年前。
初めてOriginを始めた日のことを思い出す。
右も左も分からず。
チュートリアルも読まず。
レベル上げも無視して。
真っ先にラプトルを捕まえようとした。
結果。
七回死んだ。
フレンドには散々笑われた。
でも。
あの時からずっとブルーラプトルが好きだった。綺麗だし。
ハカセは目の前の相棒を見る。
青い鱗。
鋭い爪。
賢そうな目。
自分を助けてくれた命。
自然と名前は決まっていた。
「そうだな」
ラプトルがこちらを見上げる。
ハカセは微笑んだ。
「また頼むぜ」
指先でウィンドウをなぞる。
あのときと同じ。
《ジョシュ》
入力完了。
ウィンドウが光る。
ブルーラプトルの名前が設定されました。
《ジョシュ》
ジョシュは一瞬目を丸くした後、
「キュルッ!」
と嬉しそうに鳴いた。
そしてハカセの肩に鼻先を擦りつける。
まるで名前を気に入ったと言うように。
「よろしくな、ジョシュ」
青いラプトルが力強く鳴く。
その声は、草原の向こうまで響いていった。
ハカセにとって最初の仲間。
この過酷な世界で生き残るための、最初の相棒が誕生した瞬間だった。




