17:本心を知るのが怖い。
「クリステル、このあと少しいいか?」
「はい」
終業の時間になって十五分経ったころだろうか、レンブラント様が机の前に来た。
了承すると、ホッとしたような顔でありがとうと言われて、彼も今日一日緊張していたんだなと気が付いた。
そういえば、今日は彼がドジをしたところを見ていない。
レンブラント様は、毎日必ず何かしら小さなドジをしては、クールに対処している。ただ、集中したり緊張していると、彼はなかなかドジをしないのだ。ゼロではないけれど……。
うん、それは横に置こう。
なにごと!? という顔をした副団長に挨拶しつつ団長室を出る。明日出勤したら根掘り葉掘り聞かれそうだ。
いつも通り、レンブラント様に丁寧なエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
「あ、行き先を言っていなかった……ごめん。我が家でいいだろうか? もし嫌なら……」
「レンブラント様のお屋敷で大丈夫ですよ」
「ん、ありがとう」
こういうときにふわりと笑うの、ズルいと思う。
お屋敷に着いて、サロンに通された。
初めはサロンの広さに驚いたものの、そのあと少しの違和感を覚えた。広さに対して、貴族特有の飾り気が少ないのだ。
来客を迎える用として不足はない程度。
なんとなく、簡素。
「紅茶のストレートで良かった?」
「ええ」
メイドがお茶を持ってきて、私たち二人の前に並べ立ち去っても、私たちに会話はなかった。
カップの中で静かに冷めゆく紅茶を眺めていただけ。
冷めきる前に飲まなければメイドに失礼だと思い、そっとカップを持ち上げ口を付けた。
ふと向かい側に座るレンブラント様に視線を向けると、彼も紅茶を飲んでいた。
どうにも、会話を始める糸口が見つからない。
「っ――――クリステル、昨日はすまなかった!」
急に大きな声で謝られたことで、ビクリと身体が揺れてしまい、カップとソーサーをガチャンとぶつけてしまった。
「怪我は!?」
「はい、大丈夫です。申し訳ございません……欠けさせてしまったかも」
「すすすまない、驚かせたよな。気にしなくていい、直ぐに替えさせる」
新しい紅茶を淹れてもらい、メイドにお礼を言い、今度はちゃんと温かい状態で飲んだ。
深い森の中にいるような、とても落ち着いた香りと味。
「……美味しい」
「ん」
漏れ出た言葉にレンブラント様が小さく頷いてくれる。さっきもだった。大きな音を立ててしまった私に対して、一番に怪我の心配をしてくれた。とても優しい人。
私ならきっと、割れたか割れていないかの確認のみするだろう。
だからだろう。
レンブラント様が私と婚約する理由が、その優しさから来ているんじゃないかと疑ってしまうのだ。
登用面接のときのこと、私が騎士団で働き続けていること、彼はずっと気にしている。
後悔と言っても良いと思うような感情だと思う。
だから、受け入れたんじゃないのだろうか?
私の中にいる狡いクリステルは、それで好きな人と婚約できたんだからラッキーだろうと言う。
レンブラント様に恋をしている夢見るクリステルは、それは嫌だと言う。
私は私の気持ちが分からない。どれが本物なのか、分からない。
答えが見つからなくて、ずっと迷宮の中で彷徨っているようだ。
「昨日――」
「っ、はい?」
思考の渦に飲み込まれ、ぼーっとしていた。
慌てて返事をすると、レンブラント様が眉尻を下げ、困ったように微笑んだ。
「昨日、クリステルを追おうとしたんだけどね、お父上に止められたよ」
「あ……」
たぶん、レンブラント様にも時間を空けろと話したのだろう。
追い返しちゃった、テヘペロ☆みたいには言っていたけども。
「愛しているよ」
淋しそうな表情でそう言われ、心臓が止まりそうだった。
なぜその表情で、なぜその言葉を言うの?
怖い。
本心を知るのが、怖い――――。




