16:逆に
昨晩、父と話したことでモヤモヤは吹き飛び、目覚めはスッキリだった。
朝食を摂り、父に挨拶して仕事へと向かう。
話したいことはちゃんと考えた。
伝えたいことも、聞きたいこともいっぱいある。
――――よし!
気合を入れて、出勤した。
いつも通り門番の騎士に挨拶し、洗濯場の顔なじみとはちょっとお喋り。
団長室入って、いつも通りに挨拶。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「おはー」
「……ん」
副団長はいつも通りに軽い挨拶。レンブラント様は、こちらを見て何かを言おうとして、結局言えなかったような声だった。
怒らせてしまったのだろうか。それを職務に持ち込む人ではないから、気にはなるけれど今はその時ではない。仕事に集中しよう――。
「クリステルー、これさぁ計算が合わないから、チェックしてくんない?」
その声に視線を上げると、机の前に立っていた副団長がペラッと書類を差し出してきた。
「承知しました。優先度は?」
「陛下行きだから、ちょっぱやで」
――――超速く!?
なぜそんなものを今渡してくるんだ。というか、大掛かりな計算が必要なものは基本的に私に先に届くはずなのに。
っていうか今、陛下行きの書類って言わなかった?
副団長からペラリと渡された書類を受け取り視線を落とすと、『エイケナール王国特使団の視察日程及び護衛計画表』の文字が目に飛び込んできた。
「これ、私が見てはいけないやつ!」
びっくりしすぎて大きな声を出してしまった。
「いやぁ、計算合わなくて」
「私が見よう」
「レンブラントも計算すぐポカるじゃん」
「そもそも、機密事項をクリステルに見せるな」
心臓がズキリと痛んだ。レンブラント様の言葉は正しい。それなのになぜか、痛いのだ。
レンブラント様が私の前に来て、手から書類をそっと抜き取って行った。
「クリステルが危険に晒されたらどうするんだ」
「お前ほんと、クリステルのことしか考えてないよな」
「…………煩い」
あぁ、父が言っていたのはこういうことか。私は直ぐに判断を出しがちである。今も、勝手に傷付いていた。
レンブラント様と早く話したい。
昼食の時間になり、どうしようかと迷いながらもレンブラント様に声をかけた。
「あの、お昼に行きませんか?」
「……ん。行こうか」
執務机から顔を上げたレンブラント様の表情は、とても固かった。
いつも通り食堂で皆で食べた。
いつも通りに挨拶して、いつも通りに会話して。
お互いが本当の自分の上によそ行きの自分を貼り付けているような、変な感じだった。
食堂から団長室に戻る途中、隣を歩いていたはずのレンブラント様がフッと消えていた。
慌てて辺りを見回すと、数歩後ろでレンブラント様が立ち止まり、なんとなく消えそうな雰囲気で微笑んでいた。
「レンブラント様? どうかされましたか?」
「ん……なんでもないよ」
なんでもなくないはずなのに。
「さあ、午後の仕事に戻ろう」
「はい」
早く話したい。
いつもは仕事の時間が楽しくて、『あぁ、今日も終わっちゃうなぁ』なんて寂しさを感じていたのに。
今日は早く終わってほしいと願ってしまっている。
朝、気合を入れたはずなのになぁ。




