15:親子二人の時間
◇◇◇
部屋に飛び込み、勢いよく閉めたドアにもたれかかり俯く。
ボロボロと落ちて、絨毯に染み込んでいく涙。
泣くのは凄く久しぶりだった。久しぶりすぎて、泣き止み方が分からない。
ベッドに座り、薄暗くなった窓の外をボーッと眺めていた。
「クリステル、いるかい?」
部屋のドアがノックされたあと、父が部屋に入ってきて夕食はどうするかと聞いてきた。
「……食べます」
「はははっ! 食べれるなら大丈夫だね。食事の後に少し話そうか」
「…………はい」
静かに食事を終え、前庭が見えるバルコニーに移動した。私にはホットチョコレート。父にはホットワイン。
テーブルセットに二人並んで座り、柔らかな庭の明かりを眺めた。
「クリステル、早とちりだと分かっているんだろう?」
「……」
どう答えたらいいのか分からずに口籠っていたら、父が続けた。
「もしかしたら、を考えすぎて恐怖に支配されているのかい?」
「っ…………はい」
「人を好きになると、沢山の怖いに支配されるよね」
「そんなとき、お父様はどうしますか?」
「んー? ズバッと聞いちゃうかな。聞かないと、話さないと、分かり合えないからね」
クスクスと笑いながら、母と大喧嘩した日のことを教えてくれた。
私が生まれて少し経って、父の手がけていた事業が右肩上がりどころか、爆上がりしたらしい。
母は娘と関わってほしいとお願いしていたが、父は事業を拡大することしか頭になかったそうだ。
「豊かになれば、アンジェラもクリステルも不自由なく暮らせるようになるだろう? 諦めるという選択肢を少しでも減らしたかったんだ」
「お母様はなんと?」
「顔面に拳叩き込んで来たよ。そして、クリステル連れて実家に帰っちゃった」
「がんめん…………?」
あら? うん? 私の中の母は、とても穏やかで優しい人だった。淑女の鏡のように、いつでも柔らかく微笑んでいた。病で儚くなるその時まで。
「アンジェラ、元々隣国の女性騎士なんだよね。何かやらかすたびによく殴られてたよ」
「……え?」
「んはははは。アンジェラ、クリステルの前では頑張って猫被ってたからなぁ。素敵なお母様になりたかったんだって」
確かに『素敵なお母様』だった。でもいまここでそれをバラされると、どう反応するのが正解なのか分からない。
「アンジェラのこと嫌いになった? 嘘の顔をされていたって怒りが湧く?」
「いえ……驚きはしましたが、なぜ今それを言う、という感情がお父様に向いていますね」
「顔面はやめてよ?」
「しませんよ!」
父がケタケタと笑いながら、それなら何でレンブラント様にはそんな風に冷静な対処が出来なかったのかと聞いてきた。
「えっと…………お母様が出て行ったあと、どうなったかは教えてくれないんですか」
「あっ! ごめんごめん! 直ぐに会話があっちこっちに行くんだよね。アンジェラにお喋りな令嬢どものお茶会より会話が飛ぶ。いい加減にしろって怒られたもんだよ」
――――令嬢、ども。
父よ、なぜここにきて大量に母の新情報を出すんだ。
「一週間後に迎えに行ったよ」
「遅っ」
「アンジェラにも言われたよ。でもさ、それくらい時間を空けて、お互いに冷静にならないと本心ってなかなか話せないからね」
母の実家に行って、なぜ怒っているのかを聞いたそう。
「想像することは簡単だ。自分が思いついたことを膨らませるだけだからね。でもね、本心は相手の心の中にしかないんだよ? 気持ちは推し量れるだろうけど、それが正解かなんて他人の僕には分からない。だから冷静になってから話し合うんだよ。人は考える頭と、それを伝える口を持っているんだからね」
母はお金よりも家族として側にいてほしかった。別に困窮していないのだから。でも父は今がチャンスなんだと仕事に明け暮れて、朝方から夜中まで働き、家に帰らないこともザラになっていたのだという。
「クリステルが二歳のころだから、流石に覚えてないだろうけどね」
「はい」
「アンジェラはあの日、僕と話し合いの場を持たなかったら、離縁していたんだって。マジで焦ったねぇ。いやぁ、アンジェラ怒ると長いから一週間置いてみたけど、ギリギリセウトくらいだったっぽいよ。あははは!」
笑って言うことなのだろうか。
「クリステル、明日ちゃんと話し合いなさい。気持ちを伝えて、気持ちを聞いて。クリステルが怖いと思っていることも、全部レンブラントくんにぶつけておいで。今日みたいに逃げたら駄目だよ」
「っ……はい」
「うん。寒くなって来ちゃったね。そろそろ戻ろう」
「はい」
父が屋敷内に戻りながら、「クリステルは本当に大きくなったねぇ。アンジェラにも見せてあげたかったなぁ」と独り言ちていた。
グズリと聞こえた水音は、きっと寒くて出た鼻水をすする音だということにしてあげた。




